④
「リーク、おはよー!」
翌朝、生徒会長のアーセルと副会長であるリクスが校門で生徒を出迎えていた。
朝から会えたのが嬉しくて元気よく挨拶をするも、リクスからは無視されてしまった。
「おはよう、エリシア嬢」
「おはようございます」
「今日から授業だね。頑張って」
代わりにアーセルから激励をもらった。彼は通って行く全員に挨拶をし、新入生には声をかけている。
(さすが第二皇子殿下だわ)
第二皇子はリクスを従えていることから、ルミナリエ派なのは明白だ。しかし派閥の忖度なしに生徒たちへ挨拶をしている。フローレンス派と深く関わりはしないが、かといって無視することもない。できた皇子だ。
(リクスは……)
ルミナリエ派の生徒たち、主にご令嬢たちがきゃあと挨拶をしていくが、リクスは無反応だ。
(良かった……。冷たい態度なのはわたしにだけじゃないのね)
「……いつまでここにいるつもりだ」
じっとリクスを観察していれば、ぎろりと睨まれてしまった。
「声をかけてくれた!」
しかしエリシアは喜々として声に出す。
「ははは、感情が駄々洩れだよエリシア嬢。さあ、早く教室に向かうといい」
「はい!」
リクスはすでに違う方向を向いている。エリシアは残念に思いつつ、元気よく返事をした。アーセルに会釈をすると、教室へと向かった。
「……どうもフローレンス家っぽくない子だね? それともあれは演技なのかな?」
「…………」
不敵に笑うアーセルに、リクスは何も答えなかった。
「どういうおつもり?」
教室に入るなり、エリシアはフィオナに呼び止められた。彼女とは同じクラスらしい。
声をかけたのはフィオナ一人で、ルミナリエ派の他のご令嬢たちは遠巻きに二人を眺めている。
「どういうつもりとは?」
きょとんと首を傾げれば、フィオナの眼光が鋭くなる。
「見ましたわよ! 今日もリクス様にお声をかけていたでしょう!? リクス様に近付いて、フローレンス家はまた彼との婚約でも狙っておりますの!?」
ルミナリエ派のフィオナが、フローレンスのエリシアを警戒するのは仕方ない。
リクスはある事件がきっかけで、魔力の根源であるマナを失った。魔力量は生まれ持ったマナの量で決まり、魔力は休めば回復する。しかしリクスはその根源を失い、魔法が使えなくなったのだ。
フローレンス派の貴族たちは「失光の侯爵子息」と陰で揶揄している。エリシアがそんな最低人種たちといっしょくたにされるのは心外だが、それだけ二家の溝は深いのだ。
「先に婚約破棄なさったのはフローレンス家でしょう!? アーセル殿下に重宝されているからと、惜しくなったんですの?」
魔力を失ったリクスが学園に通っているのは、アーセルが彼を側に置き、一緒に通うことを願ったからだ。
(そのおかげでリークと再会できたんだから、殿下様様よね)
うんうん、と頷いていると、フィオナの眉がどんどん吊り上がるのが目に入る。
「今さら、リクス様が魔法以外に武力や学力にも秀でていたことに気づいても遅いですわ!」
その上、リクスは特殊能力を持っている。リクスが特別な存在だということは、エリシアは幼いころから知っている。
(魔力を失ったごときで、リークの輝きは失われないものね)
さすがリーク、とほれぼれしながら家のことを思う。
姉のアメリアはリクスの婚約者だった。
元々両家の婚約にいい顔をしていなかったフローレンス侯爵は、リクスの魔力欠損を理由に婚約破棄を言い渡した。二大侯爵家として魔力を持った子供を残さないといけないので、言い分はわかるとして皇帝からも了承された。
しかしフローレンス侯爵はそれで収まらなかった。
娘が傷物になった責任を追及して、第三皇子との婚約を要求したのだ。
皇族は友好国であるヴェンダ王国から王女を迎えることになっており、皇太子にはヴェンダ王国王女の婚約者がいるが、第二・第三皇子の相手は決まっていなかった。
第二皇子のアーセルはルミナリエ派のため、第三皇子のジークへと狙いを定めたようだ。
二家の婚約は王家の仲介だったこともあり、皇家はこの要求を仕方なく呑んだ。
そうしてアメリアは第三皇子の婚約者におさまり、フローレンス侯爵はルミナリエを凌駕できると喜んだ。フローレンスに付く貴族がいるのは、アメリアと第三皇子の婚約があるからという理由も大きい。
(いつまでも魔法省長官のことを根に持っているのよね、お父様は)
「聞いていますの?」
フィオナの苛立つ声にはっとする。ついつい家の問題に頭がいってしまった。
「別にリークの婚約者なんて狙っていないわ」
フィオナにそう告げれば、彼女は目を丸くして動きを止めた。
魔力を失い、婚約破棄されようとも、リクスはご令嬢たちにとっては優良物件だ。
(フィオナ様もリークを狙っているのかしら)
昨日、リクスを囲むご令嬢たちの目はギラギラとしていた。同じ派閥でも大変だなとエリシアは思ったのだった。
「じゃあ、リクス様に二度と近づかないでくださる?」
「それは無理」
「……は?」
きっぱりと断れば、またフィオナの眉が吊り上がる。
婚約者になろうとは思わないが、この学園に来たのは彼に会うためだ。
「だってわたし、リークのことが好きだもの」
エリシアの宣言に、フィオナの顔がゴーレムのように歪んだ。




