㊳
中庭に取り残されたエリシアとリクスの間には沈黙が流れていた。
(うう、どういう顔をしてリークを見れば良いの!?)
リクスの結婚発言以上に、フィオナの後継者という言葉に恥ずかしすぎて顔が熱い。リクスも先ほどから黙っている。
「――シア」
「ひゃいっ!」
急に声をかけられ、変な声が出てしまった。
リクスとの間には変な距離ができていて、先ほどまで手を繋いでいたとは思えないほどだ。
それがもどかしくて、ええい! とリクスの手を握った。
「――っ!」
瞬間、リクスに手を払われたエリシアは、弾かれるようにリクスを見上げた。
「リー……ク?」
リクスの顔は真っ赤だ。エリシアを払った手で顔を隠しているが、それがわかるほどに。それが伝染するように、エリシアの顔も赤く染まっていく。
「ちが……いや、違わないんだが」
珍しく狼狽えるリクスをじっと見ると、彼の赤い顔がエリシアへと向けられる。
「結婚したいとは言った。その……後継者はまだ早いというか……だからそんなつもりで――いや、もちろんシアとの子は欲しいんだが」
「ひゃあ!?」
甘いリークは健在らしい。お互いの顔は限界まで赤くなっているに違いない。エリシアは熱を冷ますように手でパタパタと顔を扇いだ。
「シア」
改まったリクスがエリシアの手を取る。その瞳は真剣だ。
じっと見つめられ、まだドキドキしているというのに、これ以上は心臓が壊れそうだ。
「まだすべての問題が解決したわけじゃない。だが、俺が必ずシアを守る。だから結婚して欲しい」
改まってのリクスのプロポーズに、エリシアは夢を見ているかのような気持ちになった。同時に不安もこみ上げる。
嬉しいのに、この期に及んで尻込みしてしまう。
「わたし、婚外子の平民で……」
「関係ない。それにシアはもうフローレンス侯爵を継いでいる」
「こんな能力があるから狙われるかも」
「俺が必ず守る」
「でも……」
エリシアの口から出る不安を、リクスが一つ一つ打ち消していく。
(リークと気持ちを通わせただけでも幸せなのに、本当にそれ以上を望んでいいの?)
叶わない想いだからこそ、リクスに躊躇なく気持ちをぶつけてきた。両想いになった今、エリシアはその気持ちをどうすればいいのかわからずにいた。
結婚となると、いろいろ問題があるに違いない。そう思わせるだけの枷がエリシアにはある。
素直にリクスの手を取ることも、次の言葉を紡ぐこともできずに下を向く。
「二人でいれば最強、だろう?」
「……!」
それはいつかリクスに投げかけた言葉だ。彼を見上げれば、リクスは困ったように笑っていた。
「それとも、もう俺のことなんて好きじゃない? 嫌いになった?」
「嫌いじゃないよ! だって、わたしはずっとリークに会いたくて……それだけを思って……」
想いを口にすれば、目からは涙がこぼれる。
泣き出したエリシアを引き寄せ、リクスが涙を拭う。
「ごめん。ごめん……シア。君がどんな想いで俺に会いに来てくれたのか気づけなくて」
ふるふると首を振るエリシアに、リクスは目を細める。
「影が差していた俺の心に光を灯してくれたのは君だ、シア。俺は魔力を失ったと同時に心を閉ざしてしまっていたんだ」
せっかくリクスが拭ってくれた涙がぼろぼろとこぼれて、エリシアの頬を伝っていく。
「リーク、それはわたしのほうだよ……。わたしはいつかリークに会えると思っていたからこそ、どんな目に遭っても耐えて生きてこられた……っ。再会したリークは少し怖かったけど、優しさは変わっていなかったから……」
困ったように笑うリクスに涙をこぼしながら目を細める。
「だから、リークのことを変わらずに好きだって思った。誰よりもリークが好き。ずっと側にいたいと願ってしまうくらいに」
エリシアの告白に、リクスは屈んで涙を拭うように目の下にキスを落としてくれた。
「俺のほうが気持ちは上だって言っただろう?」
リクスの両手がエリシアの頬を包む。涙で濡れた頬がリクスの温かさで熱を孕んでいく。
リクスは屈んだままエリシアのおでこに自身のおでこをつけた。
「今度こそ俺と婚約して、シア。前侯爵――おじいさまの代わりに俺がシアを守る」
「――っ!」
それは六年前にすれ違ってしまった、祖父が進めてくれていた約束だ。
「それで、シアが学園を卒業したらすぐに結婚しよう。ずっと一緒にいたいのは俺も同じだから」
それは新しい約束だ。エリシアが描けなかった、希望に満ちた幸せな約束。
「っ……! はい!」
満面の笑みで答えれば、リクスは愛おしそうにエリシアと鼻をこすり合わせた。
「リクス……大好きだよ」
ふっと笑ったリクスの吐息が口にかかる。
「俺はシアを愛しているよ」
リクスは勝ち誇ったように自身の気持ちのほうが上だと主張する。
ふふと笑えば、エリシアはその口をリクスにキスでふさがれた。
ようやくリクスの手をとることができたエリシアに、まだ不安はあるが迷いはない。
ただリクスが好きだという想いだけでやってきた。これからもそれで良いのだと、リクスが全身全霊で愛を伝えてくれたから。
二人の周りを花が舞い、光がキラキラと弾ける。
魔力を共有しあった二人が生み出した現象に、気づく人はまだ誰もいない。




