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騒動から翌日、エリシアは皇城に呼ばれた。
初めての皇帝への謁見に緊張したが、リクスも一緒なので少し安心だ。
「ルミナリエ侯爵の息子に魔力を取り戻してくれたこと、礼を言う」
アーセルと同じ黒髪には少し白髪がまじっているが、威厳たるオーラにおののきそうになる。魔力を持つ証の金色の瞳は鮮やかで、全てを見透かしていそうだ。
「そんな、恐れ多いことでございます。たいしたことはしておりませんので……」
頭を上げるよう促され、皇帝と視線を交わせば優しく微笑まれた。その眼差しが少しだけ亡き祖父の面影を思わせて、エリシアは心臓がぎゅうっと掴まれた気がした。
「君たちのフローレンス・ルミナリエ、素晴らしかったよ」
「学園祭にいらして!?」
驚くエリシアに、皇帝の隣にいるアーセルが笑った。
「父上はお忍びで毎年参加されているよ」
アーセルに頷くと、皇帝が続ける。
「学園のほとんどの卒業生が、国の根幹である魔法省へ就くからね。未来を担う人材をこの目でちゃんと確かめなければ」
皇帝の言葉に、エリシアは感動した。
(このような方が治められる国なら、わたしが気を揉まなくても大丈夫だったんだろうな)
遅かれ早かれ、フローレンス家は糾弾されていただろう。そう思えば、学園でリクスに再会したことで想いが通い、それに巻き込まれずに済んだのは幸運だと思う。
エリシアが下を向けば、皇帝は優しい眼差しで続けた。
「学園にまで及んでいた二家の派閥問題も、完全とはいかないが君のおかげで解消されたようだ。礼を言う」
「そんな、わたしは何も……」
「ヴェイユ伯爵令嬢から報告を聞いているよ」
「フィオナが?」
思いもよらぬ名前があがり、目を瞬く。皇帝はアーセルのほうを向く。
「今回、フローレンス家がノクーと繋がっていた証拠を得られたのも、彼女があのペンダントの存在に行き着いてくれたおかげだったな」
「はい。私の密偵だけでは得られなかった情報をもたらしてくれました。さすが手広く商売をする帝都一の商家だけあります」
「そういうことだ。ルミナリエ派筆頭でありながら、フローレンス家の君にフィオナ嬢は手を貸した。これは素晴らしいことだよ」
「えっと、あの」
皇帝に称賛されてエリシアは狼狽える。
「それはフィオナが優しいからです」
称賛されるべきは、お人好しで大切な友人だ。エリシアがまっすぐに伝えれば、皇帝は目を細めた。
「……前侯爵が君にフローレンスを託したいと言っていたのがわかるな」
「おじいさまが?」
祖父は皇帝と仲が良かったというアーセルの話を思い出す。優しい眼差しが祖父と重なって見えたのは、皇帝もまたエリシアを気にかけてくれていたからだろうか。
皇帝は優しく微笑んでエリシアを見ている。
「彼は、本当は君を貴族のしがらみに巻き込みたくなかったそうだ。しかし君の母が早くに他界し、君に魔力があることもわかった。このままではいけないと、息子の代わりに大切に育てたいと言っていたよ」
「おじいいさまが……」
「ああ。君のことを可愛い孫だと、誰よりも愛していると言っていたよ」
目からは熱いものがこみ上げる。
優しい祖父がエリシアを仕方なく引き取り、本当は邪魔に思っていたらどうしようと考えたこともある。祖父がいた数年間は肩身が狭いながらも、確かに幸せだった。エリシアが立派に育ったのも祖父のおかげだ。
しかし、そのせいで祖父がいらない気苦労をしていたのではとエリシアは思っていた。目の前の皇帝は、祖父の愛が確かなものだったと教えてくれている。ぽろぽろと涙が止まらなくなり、隣にいたリクスが肩を抱いてくれた。その様子を微笑ましく思うように皇帝が唇に弧を描く。
「君の特殊能力を見抜いたのは、この私だ。侯爵は君に害が及ばないよう、守る術を身に付けさせようとしていた。そこでルミナリエの息子だ」
「魔力操作ができる俺に家庭教師を頼んだいきさつには、そんな理由があったのですね」
エリシアの肩を抱いたまま問うリクスに、皇帝が頷く。
「ああ。君の父と前フローレンス侯爵は仲が良かったしね。先に死にゆく自身を心配して、リクスにエリシアを託したいとも言っていた」
「だから誓約魔法を使ってまで婚約を……」
「ああ。私も侯爵の危惧には同意していたからね。だからエリシア嬢を魔法学園へ通わせる遺言にも誓約魔法をかけた。先を読んでいた侯爵は、エリシアがリクスと必ず会える道筋を作っていたというわけだ。フローレンスの動きもあったため、真実を打ち明けるのが遅くなってすまない」
皇帝の説明が終わると、リクスは静かに目を閉じた。
「そうですか……。俺は感謝しなければいけませんね。シアという光を再び与えてくれた前フローレンス侯爵に」
「ひゃっ!?」
人前で、しかも皇帝のまえだというのに、真顔でそんなことを言うリクスにエリシアは顔を赤くした。肩に置かれていた手はいつの間にかエリシアの手を握りしめている。
(リーク、やっぱり甘い!?)
「はは。彼はずいぶん変わったようだね、アーセル」
あたふたするエリシアの手を離さないリクスは、平然としている。話を振られたアーセルが楽しそうに答える。
「エリシア嬢がすべてを変えてくれました」
「そうか。実はエリシアをアーセルの婚約者にと願いたいところだったが……」
「ええ!?」
ひゃっと肩をすくめたエリシアを、リクスがぎゅっと抱きしめる。
「ひゃあ!?」
エリシアは突然のことに赤くなってあわあわするばかり。しかもリクスが皇帝を睨むものだから、今度は青くなった。
皇帝は怒るどころか、「冗談だよ」と笑った。
「ははは! 二家を敵に回しては私たちも政治ができないからな。残念だったな、アーセル」
「本当に」
アーセルは一瞬困った表情を見せたが、吹っ切れたように笑った。
「誰よりもエリシアを愛していた前侯爵を凌ぐ相手が現れて私も嬉しく思うよ」
それはまるで祖父からの祝福のように、微笑んだ皇帝がエリシアとリクスに告げた。




