㉞
「妹を返せ! いつまで待たせるつもりだ! 早くここに連れてこい!」
応接室の前まで行けば、ダリオンが騒いでいる声が外まで響いていた。
「シア、大丈夫だ。君をフローレンスに渡す気はない」
リクスが離さないとばかりに手を絡めてきて、エリシアは安心よりも恥ずかしさで顔が赤くなった。
「私の存在を忘れないように」
半目でこちらを見たアーセルに、ますます恥ずかしくなる。
「ははは、ぐいぐい行動していた君がしおらしいのもたまらないね」
「おい」
アーセルの軽口にリクスが睨む。すかさずエリシアを背中に隠した。
「冗談だよ。リクスに夢中な子に横恋慕したって虚しいだけだからね」
からかうように笑うアーセルに、今度はエリシアがリクスの背中から顔を出し、睨む。けっきょくアーセルが何を考えているのか掴めないままだ。
「二人とも、悪者はこっちだよ」
肩をすくめたアーセルが扉に手をかけると、中からはガタンと物音がした。
「おい! もうこちらから探しに行くぞ!?」
アーセルが「ほら」と扉を指さす。ダリオンのほうは、とてもふざけている場合ではなさそうだ。
「シア、必ず守るから」
「リーク……」
振り返ったリクスがエリシアの両手を包み込む。
「はいはい、開けるよー」
アーセルは二人の返事を待たずに半目で扉を開けた。するとすぐに怒り狂ったダリオンの姿が目に飛び込んできた。
「ルミナリエ! 妹を返してもらおうか!」
部屋を出ようとしていたのか、ダリオンはすでに立ち上がっており、リクスに迫って来た。
「シアに酷いことをしておいて、よくそんなことが言えるな」
エリシアを背中に隠したまま、リクスがダリオンを睨む。
「リクス・ルミナリエ! お前がしたことは誘拐罪だ! 妹は嫁ぎ先に向かう途中だったんだぞ! だいたい、他家に口出しするなんてお前は何様なんだ!」
ダリオンの抗議に、エリシアはリクスの背中のシャツをぎゅっと握る。
リクスとエリシアはしょせん他人だ。しかも反発しあう家門同士の子供だ。だからこそダリオンの言うように、エリシアは誰にもどうにもできないと思っていたのだ。
「先に攻撃を仕掛けてきたくせに、負けたからと今度は家のことを口にするのか」
しかしリクスは表情を崩さずに、ふっと笑った。後ろ手でエリシアの手を握る。たったそれだけで、エリシアの不安は払拭された。
「何だとお!?」
逆上したダリオンが、リクスに掴みかかろうとして、アーセルが間に入った。ダリオンは仕方なく腕を下ろし、後ろに下がった。舌打ちするダリオンに、アーセルが問いかける。
「そもそも、なぜエリシア嬢がノクーの貴族へ嫁ぐことになっているんだい?」
「それ……は」
アーセルの問いにダリオンは勢いを失った。しどろもどろになり、冷や汗までかいている。
帝国にとって、ノクーは注視するべき国だ。だからこそ、エリシアの嫁ぐ先は極秘にされていた。アーセルにそのことが知られてダリオンが焦るのも無理はない。
ダリオンは無理やり笑顔を作ると、何とか言葉を吐き出した。
「ノクーとの友好関係を結んでおくのはわが帝国にとっても、はたまた未来の皇室にとっても良いことなのではないでしょうか?」
「なるほど。魔力を持った人材を敵国に渡すのが帝国のためだと」
冷ややかに笑うアーセルに、ダリオンはますます慌てた様子で繕った。
「殿下! エリシアは魔力を持ちません! 我が国に何の損失もありません!」
「エリシア嬢がノクーへ嫁ぐことが決まったのは、彼女の魔力がまだあるときだろう? それとも君は、エリシア嬢の魔力が尽きると前からわかっていたのかな?」
「それ……は」
ダリオンはエリシアの魔力を吸いつくしてからエリシアをノクーにやろうとしていた。それでもマナがある限り、魔力は復活する。ノクーへ魔力を持つ人間を送ればどうなるかくらいわかっていたはずだ。
(そうか……わたしのマナもリークにしたようにノクーで失わせる算段だったのね)
もともとリクスに全て渡そうとしていたエリシアは、そこまでの考えに至っていなかった。リクスのマナをノクーに奪わせたと知ったのも最近だ。
アーセルはおそらくそこまでの真実へたどり着いたのだろう。じりじりと責めるアーセルに、ダリオンは口をつぐんでしまった。
「君たちの父君がなぜ皇城に呼ばれたのか、わかっているのか?」
「は……」
ダリオンが口を大きく開けて固まったところで、アーセルが応接室の扉を見た。
「ちょうど来たようだね」
アーセルの言葉に皆の目が扉へと向かった。
扉が開くと、騎士に連れられたアメリアが姿を現した。
「アメリア!? ジーク第三皇子殿下はどうした!?」
姿を見るなり問い詰めるダリオンに、アメリアが視線を横に逸らす。顔も何だか青い。
「君たちはジークをこの場に担ぎ上げてリクスを追い詰めたかったんだろうが、そうはさせない。弟はこの問題に関係ないからね」
ダリオンとアメリアを交互に見て、アーセルが厳しい顔で言い放った。
「な!? アメリアはジーク殿下の婚約者ですよ!? 関係ないなどと……」
「婚約破棄されたのよ! お兄様!」
「は?」
アメリアの悲痛な叫びに、ダリオンは時が時を止めたかのように顔を固めた。
「だから、私! ジーク殿下に婚約破棄されたのよ! もう婚約者でもなんでもないのよ!!」
自棄になったアメリアがもう一度叫び、その場がシンとする。
エリシアもダリオン同様、ぽかんとした。
アーセルとリクスだけは知っていたのだろう。頷き合う二人を見て、エリシアはまだぽかんとしていた。




