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「もう! 心配をかける天才ですわね!?」
「ご、ごめんね」
翌日、お見舞いに来てくれたフィオナからエリシアはベッドの上で叱られていた。
「それにしても、洗練された素敵なお部屋ですわね。さすがルミナリエ侯爵家ですわ」
しょぼんとするエリシアをようやく解放し、フィオナは改めて部屋を見渡した。
エリシアはルミナリエ侯爵邸で匿われ、丁重にもてなされていた。ダリオンに殴られた跡もしっかり治癒してもらった。大丈夫だと言っても、大事を取って安静にとベッドに寝かされているほどの過保護ぶりだ。今着ている上質な服さえも、リクスが用意してくれたらしい。
「それで? リクス様から想いを告げられておきながら、消えた理由を教えてもらうわよ」
「こ、怖いよ」
ベッドサイドの椅子に腰かけたフィオナが、ゴーレムのような表情で迫る。そもそも、どうしてそのことを知っているのだろうか。色んな意味で怖い。
後ずさるエリシアに、フィオナが溜息を一つついた。
「あなた、こうなることをわかっていながら助けを求めなかったわよね? なんで……?」
フィオナの表情が辛そうなものに変わり、エリシアは正直に話さなければいけないと思った。フィオナに向き合い、ぎゅっと両手を組む。
「わたしね、リークが魔力を失った事件から、ずっと魔力を渡そうって決めて生きてきたの。リークのことが大好きで……リークに再会する希望が生きがいだった。だから、想いを返してもらえるなんて夢みたいで……」
「だったらどうして」
「二大侯爵家の跡取りであるリークは、魔力を次代に継いでいかなきゃいけないから」
前のめりだったフィオナがハッとする。今のエリシアには魔力がないのだと思い出したのだろう。
「ずっと兄と姉に魔力を吸い取られてきたけど、わたしは密かに魔力量を隠した。あの人たちが吸い取る量をコントロールして、いつでも残りの全部をリークに渡せるようにと。リークの魔力が完全に元通りになるには、マナごと渡さなきゃいけなかったんだけどね」
はははと笑ってみせれば、フィオナに手を握られた。泣きそうな顔でエリシアを見つめている。
「あなたって、本当におバカさんですわ。魔力を少しでも残しておけば、リクス様の婚約者の座を掴めたかもしれないのに」
「そんなことしても意味ないよ。どのみちこの能力がバレれば、あの人たちに根こそぎ奪われていたもの。それならリークに全部あげたかったの」
「だってさ、リクス」
フィオナじゃない声が、部屋の入口から聞こえて、振り返る。
「殿下!?」
「ノックはしたんだが……」
部屋の入口には、アーセルが手を振って立っていた。その後ろでリクスが気まずそうにしている。
「体調はどう?」
「リークのおかげで養生できています」
ベッドサイドまで歩いてきたアーセルに笑顔で答える。そもそも、リクスが過保護なだけで、エリシアの体調は万全なのだが。
「それなら良かった。フィオナ嬢」
アーセルも笑顔で答えると、フィオナに視線を向けた。フィオナが椅子から立ち上がる。
「はい。またね、エリシア」
「もう帰るの?」
アーセルと並んだフィオナを呼び止めれば、渋い顔が返ってくる。
「あなたはリクス様と一度ちゃんとお話しなさい!」
「フィオナ嬢の言う通りだね。じゃあリクスもまたね」
アーセルはいたずらっぽく笑うと、フィオナをエスコートして部屋を出ていった。
二人っきりにされ、部屋がシンと静まり返る。いたたまれなくなり、エリシアは下を向いた。
「シア」
「は、はいっ!」
呼ばれて弾けるように顔を上げれば、いつの間にかリクスの顔が目の前にあり、エリシアは唇をキスで塞がれた。
ぱちぱちと目を瞬いていると、唇を離したリクスが耳元で囁く。
「ほら、魔力を取り戻せ」
「!? わ、渡せるけど、吸い取ったりできないよ!」
心臓が飛び上がり、エリシアは耳を手で押さえながら後ろに飛びのいた。
「そうなのか。お前の兄姉はノクーの黒魔術を利用していたからできたんだったな」
「知っていたの?」
リクスは冷静なまま言った。ドキドキしているのは自分だけかと恥ずかしくなったが、途端にリクスが優しく目を細めた。
「アーセルが突き止めたんだ。今ごろフローレンス侯爵がこの件で皇城に呼ばれているだろう。シアは心配するな」
ふわりとリクスの手が頬に触れる。その優しい手つきが、エリシアを大切に想っているのだとわかる。
(リークって、こんなに甘かったっけ?)
せっかくおさまった心臓の音が、先ほどよりも大きな音を立てて暴れる。
「シア」
リクスの甘い表情がエリシアへと向けられる。頬に添えられたリクスの手に滑るように撫でられると、今度は耳にその手をかけられた。
「本当に心配した、シア」
「リーク……ごめ――」
続けようとした言葉が、リクスの熱い眼差しに遮られた。リクスはエリシアの背中に手を回すと、空いた距離を埋めるように身体を引き寄せた。
その流れのまま、リクスの顔が近付く。もう一度キスされるのだとエリシアが目をつぶると、扉がノックされた。続けようとするリクスの胸を押しのけると、アーセルが部屋に入って来た。
「あ~……ごめん、リクス」
「お前一人か?」
バツが悪そうにするアーセルに、リクスは機嫌が悪そうだ。
「フィオナ嬢は私の馬車で彼女の屋敷まで送ったよ。それより来客だ。エリシア嬢とリクスに」
「え?」
ルミナリエ侯爵家にエリシアがいることを知る人は少ない。誰だろうと首を傾げると、アーセルは眉間に皺を寄せて溜息をついた。
「妹を返せと君の兄、ダリオンが抗議に来ている」
「え!?」
ダリオンはまだエリシアを諦めていなかったらしい。青ざめるエリシアの肩をそっとリクスが抱いてくれた。
「まあ、予定が早まったけど、悪者退治といきましょうか」
「は?」
誰よりも悪い顔で笑うアーセルに、今度はぽかんとする。リクスを見上げれば、彼も余裕の笑みでアーセルと見合っていた。




