㉙
日が落ち始めると、学園祭も終盤。来客たちは全員帰り、学園には生徒たちと教師だけになった。
メインステージがある中央広場には、魔法で練り上げられた炎が校舎の上まで立ち昇り、辺りを照らしている。後夜祭の始まりだ。
この熱くない炎を囲んで、パートナーと踊るのが伝統だ。それは婚約者でも、友人でもいい。今年も学園祭ロマンスがあったようで、婚約を結んだカップルたちが最初に集まりダンスをしていた。
楽しそうに踊る生徒たちを眺めていると、フィオナが隣にやってきた。
「あなたのおかげで、今年は派閥を超えたパートナーができたそうですわ。しかも何組も」
「そうなんだ……」
フィオナの視線の先には、恥ずかしそうに手を取り合い、踊るパートナーたちがいる。自分のエゴでやったことだが、結果いい方に転んだなら嬉しい。
「わたしたちの代が変えていってくれると良いね」
「そこにあなたはいないような口ぶりですわね」
「えっと……」
つい口から出た願いだったが、鋭いフィオナは聞き逃してくれなかったようだ。フィオナに嫁ぐことは話したが、まさか嫁ぎ先がノクーだとは思わないだろう。まごまごしていれば、フィオナから溜息が漏れる。
「まあ、いいですけど。リクス様だけには、その心内を明かすことね」
フィオナの肩越しに、リクスが迎えに来たのが目に入る。フィオナから着替えるのを禁止され、二人ともまだ衣装のままだ。
「何のためにお互いの色を身に付けさせたと思っていますの?」
「えっ!? あ!?」
フィオナに耳打ちされ、彼女と至近距離で視線があう。エリシアはやっと自分たちが身に付けている色を理解して赤くなった。
「ほら、リクス様と踊ってらっしゃい」
背中を押され、フィオナに送り出される。エリシアは振り返ると、泣きそうな顔で言った。
「ありがとう、フィオナ! 最高の思い出だよ」
「泣かない! お化粧が崩れますわ! おかしな顔でリクス様と踊るなんて許しませんわよ」
「うん……!」
後夜祭前、フィオナはエリシアのヘアメイクを直してくれた。このためだったのだと分かれば、余計に涙腺が緩む。エリシアはぐっとこらえると、フィオナに笑顔を向け、リクスの元へと走っていった。
エリシアの背中を見送るフィオナが呟く。
「なぜあの子は、何もかも諦めたような顔をするのでしょうね、アーセル殿下」
「あ、私がいたの知ってた?」
アーセルはリクスとは別方向でこちらに来ていたようだ。気配を隠していたのに、フィオナにはバレていたようで苦笑した。
「まだエリシアのこと、諦めていないのですか?」
辛辣なフィオナにアーセルは笑ってかわす。
「うん。実は彼女のことを調べさせているんだけど、フローレンス家が尻尾を見せないんだよねえ」
「なんだ、リクス様のためでしたか。殿下もだいぶリクス様のこと、好きすぎですわね」
「あはは、リクスを好き同士、ダンスでもどうですか?」
楽しそうに笑うアーセルが手を差し出すと、フィオナはにっこり笑って自身の手を置いた。
「光栄ですわ」
パチパチと炎の光が真っ暗な校舎を照らし、幻想的だ。
昼間メインステージで披露していた三人組が、魔法で楽器を操り、音を奏でている。
エリシアはリクスの手を取ると、炎の周りで踊る生徒たちに混ざった。軽快なワルツに合わせてくるくるとリクスのリードで踊っていく。行きかう生徒たちの目は、もう冷ややかではない。二人を温かく見守って応援してくれる目だ。何か言ってくる生徒もいない。
ダリオンとアメリアは目立てなかったことに怒って帰ったそうだ。だから後夜祭にはいない。熱心な取り巻きたちもそれに倣い帰ったようだ。そのこともエリシアを安堵させていた。二人がいない後夜祭は、どこか良い雰囲気に思えた。生徒たちが楽しそうに踊ったり話したりしている。
一曲終わり、二曲目に入ったが、リクスはエリシアを離さなかった。
(まだ踊ってくれるんだ)
炎は熱くないはずなのに、頬に熱が宿ったようだ。
顔を赤らめながらもエリシアを真っ直ぐに見つめてリードするリクスの手も熱い。
エリシアは遠くでアーセルとフィオナが踊っている姿を見かけて、ふふっと笑った。
「どうした?」
優しい眼差しでリクスが見下ろす。
「うん。楽しくて、幸せで……夢のようだなあって。わたし、今日をきっと忘れない」
「忘れられてたまるか」
「リーク?」
握られた手に力がこめられるのを感じて、エリシアは目を瞬いた。リクス熱を孕んだ目でエリシアをじっと見つめている。エリシアの心臓だけがドキドキとうるさく感じた。音楽が流れ、周りには生徒たちが踊っているのに、まるで二人だけの世界にいるようだ。
「俺が何とかするって言っただろ?」
それは、学園祭が終わったら話そうと言っていたことだ。
エリシアはリクスに手を引かれると、皆の輪からはずれた。
音楽が少しだけ遠ざかり、皆が躍る輪も遠くに見える。静かな場所までやって来ると、リクスが立ち止まった。
「シア、他の奴じゃなくて、俺と結婚しろ」
「えっ? それって……」
振り返り、そう告げたリクスに、弾けるように熱いものがこみ上げた。
「俺は、シア以外と結婚しないって言ったろ?」
リクスの手が、エリシアの手から頬に移る。熱いと感じていた手が熱い頬に重なり、火傷しそうだ。
「俺は、シアが好きだ。今度こそ、はいと言ってくれ」
リクスの言葉に、エリシアの目からは涙があふれた。
「嬉しい……」
ぼろぼろと涙を流しながら、頬に添えられたリクスの手に自身の手を添えた。
エリシアはリクスの肩に手をかけると、背伸びをして、唇を重ねた。
今度はそっと、優しく口付ける。
想いが通じ合ったキスは、温かくて幸せを感じた。
身を任せていたリクスが、ハッと目を見開く。唇を離したエリシアは微笑んだ。
「愛の力って言ったでしょう?」
リクスは信じられないといった表情で、自身の手を見つめた。きっと、みなぎる魔力に驚いているのだろう。全てを取り戻したのだとわかるほどに。
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