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メインステージの午前の部が終了した後も、学園祭は先ほどの余韻に包まれていた。歩けばフローレンス・ルミナリエの話題で持ちきりだ。評判を聞き見逃した人たちや、もう一度見たいという人たちが生徒会に要望を届けるべく押し寄せていた。
リクスは魔法省長官である父と一緒に、各省庁長官たちと挨拶周りをしていて、そこにはアーセルもいた。
「いや~、素晴らしかった! さすが長官のご子息!」
「いやはや、祭典の高揚感を思い出しましたな」
興奮する賓客たちに囲まれ、リクスは称賛を受けている。
「国としても復活させてはどうでしょう?」
「おい!」
よかれとばかりに発した一人の言葉が失言だと焦る長官たちに、リクスの父は穏やかに笑った。
「いいですね。検討したいと思います」
(えっ?)
柱の陰で耳を澄ませていたエリシアは前のめりになる。リクスも驚いた顔で父を見ている。
「あなたはこんなところで何をしていますの?」
「ぴゃっ!」
急に声をかけられ、心臓が飛び上がる。振り返れば呆れた顔のフィオナが腰に手をあて、立っていた。
「いや~、みんな喜んでくれて良かったなあって」
盗み聞きしていたところを見られた。エリシアは、あははと笑ってみせた。
「まったく、あなたも主役の一人でしょう! ご挨拶してきたら?」
「わたしはいいの!」
手を伸ばしたフィオナに抗うように、エリシアは柱にしがみついた。
「ちょっと!?」
フィオナが剥がそうとしたが、エリシアは動かない。
「ほら、病弱なフローレンス家の娘が出て行ってもリークに迷惑かけるだけだし! せっかくの良い雰囲気壊したくないし!」
必死に訴えれば、フィオナはようやく手を離してくれた。彼女の盛大な溜息を聞き終えると、今度は顔を挟まれた。
「じゃあ、お化粧を直しますわよ」
「へ?」
意味がわからず間抜けな声を出せば、フィオナが勝ち誇ったように笑った。
「たった今、フローレンス・ルミナリエの再演が決まりましたわ。午後の部で追加披露いたしますわよ」
「ええ!?」
生徒会に要望が届いていたのは知っていた。でも、スケジュール的に無理だろうと思っていた。昨年話題を呼んだ兄たちでさえできなかったのだから。
「アーセル殿下が調節なさったわ。その手腕はさすがですわね」
ぽかんとするエリシアに、フィオナは呆れ気味に言った。
「何ですの? まさかやりたくないとは言いませんわよね?」
「や、やりたい!」
慌てて否定すれば、フィオナは当然だとばかりに、にやりと笑った。
「さ、休憩を挟んで早く準備しますわよ」
柱から離れ、フィオナと控室に向かおうとする。エリシアはぴたりと足を止めた。
「エリシア? どうしたの?」
振り返ったフィオナに、エリシアは泣きそうな顔で言った。
「わたし、もう一生分の幸せを味わえたと思ったのに、またリークと舞台に立てるの?」
フローレンス・ルミナリエは、エリシアの小さい頃からの夢だった。それがリクスと舞台に立ち、再現できた。嬉しくて夢のような時間はあっという間に終わってしまった。大事な大事な思い出ができたと、何度も心の中で反芻していた。その夢のような出来事が、もう一度味わえるのだ。信じられない気持ちで涙がこみ上げる。
「何言ってるの」
フィオナは呆れながらも微笑み、エリシアの前までやってくると、ハンカチで涙を拭ってくれた。先ほどとは違うハンカチなのがさすがだ。フィオナのハンカチからは、バラのような良い香りがした。それがまたフローレンス・ルミナリエの思い出を蘇らせ、エリシアはボロボロと涙をこぼした。
「まったく。ずうずうしくてまっすぐなあなたはどこにいったのかしら」
「それ褒めてる?」
フィオナがハンカチで涙を押さえながら慰めてくれる。
「わたし、魔法学園に来て本当に良かった。こうして友達とも過ごせて、良い思い出が増えたよ」
えへへ、と赤い目で笑えば、フィオナがぷいっと目を逸らす。照れているのだ。
「な、何言っていますの。思い出くらい、これからも作れば良いじゃありませんか!」
「うん……」
顔を曇らせたエリシアにフィオナは首を傾げたが、背中を叩いてさらに元気づけてくれた。
「あなたは派閥の垣根を超えて学園祭を成功させたのだから、もっと自信をお持ちなさい!」
「うん……。ありがとう」
涙で崩れた顔は、フィオナがすぐに元通りにしてくれた。
午後の部の舞台に向かえば、リクスが迎えてくれた。
「シア、父上がフローレンス・ルミナリエが復活する日は近いかもしれないと言っていたよ」
「本当?」
リクスの言葉に驚いたが、祭典が復活するのは嬉しい。
(でも、どうやって? かけ合わせる魔法を変えるとか?)
フローレンス家がルミナリエ家に寄りそうことはないだろう。そうすれば考えられるのはその方法だ。
実は議題にあげられたこともあるらしいが、二大侯爵家であるルミナリエから恨みを買いたい貴族はいないだろうと、ルミナリエを立てる形で却下されたらしい。
(でもそれが本当に実現するなら、二大侯爵の縮図が崩れるわ……)
「シア? どうした?」
考え込むエリシアの顔をリクスが覗いていた。
「あっ! な、何でもない! 緊張して」
「さっきもやったのに?」
慌てて誤魔化せば、リクスはふっと笑みを浮かべた。
「何度やっても緊張はするよ!」
頬を膨らませたエリシアの手にリクスが自身の手を絡ませる。
「俺たちからまたフローレンス・エクシリアが始まるんだ。緊張している場合じゃないぞ」
そう言って笑うリクスの笑顔が眩しくて、エリシアは目をくらませた。
「す……き」
まっすぐに伝えてきた想いが喉をつっかえる。それでも今、伝えたいと思った。
リクスは答えなかったが、代わりに愛おしそうな目をエリシアに向けた。
ドキン、と心臓が跳ねると、リクスに手を引かれる。二人は手を絡ませたまま舞台へと進んだ。
学園中の人が集まったのではないかというくらいの人で会場は溢れている。アーセルの話では、会場に入りきらず、そこに面した校舎の教室から見る人もいるらしい。側面の窓からも大勢顔を出している人たちが見える。
割れんばかりの歓声に迎えられたエリシアは、リクスと再びフローレンス・ルミナリエを披露した。
午後の部も大好評で、トリを務めたダリオン・アメリアコンビのパフォーマンスも成功はしたが、皆が口にするのはフローレンス・ルミナリエのことばかりだった。




