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わたしの初恋相手は姉の元婚約者です。今でも大好きなので、病弱なわたしと思い出作りしてください!  作者: 海空里和
第三章 思い出を作って

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「まあ! さすがわたくしですわ!」


 ついに文化祭当日。エリシアを着飾ったフィオナが、満足そうに両手を合わせた。


 文化祭に相応しい晴天の日で、更衣室として使用されている教室の窓からは、光が差し込んでいる。エリシアは姿見の前に立ってくるくると回ってみた。


 淡いピンクのドレスは、光沢のある美しい生地に金糸で刺繍がされている。花と光を連想させる見事な刺繍に、エリシアは大きな溜息をついた。


「これ、衣装のほうが目立ってない?」


 ジトッと鏡に映る自分を見た。フィオナにヘアメイクもしてもらったので可愛くは見えると思う。しかし、美しい姉を見慣れているため、地味な自分にこのドレスは華やかすぎると思った。


「何を言っていますの? リクス様と舞台に立つのですから、これくらいはしないと!」


 鏡越しに眉を吊り上げたフィオナと目が合う。それでもしょぼんと沈んだエリシアを見て、フィオナはやれやれと声にする。


「そのドレス、アメリア様のドレスに負けていないと自負いたしますわ!」

「見たの?」


 フィオナの言葉に驚く。衣装は関係者しか知りえない、当日までのお楽しみ事項だ。ましてやルミナリエ派のフィオナが目にする機会などないはずだ。


 エリシアの心を読んだかのように、フィオナが誇らしげに笑った。


「この業界のことで、わたくしに入ってこない情報などありませんわ! あちらのドレスは豪奢なだけで、品がありませんでしたわ!」

「手厳しい……」


 アメリアのドレスにそんなことが言えるのは、フィオナくらいだろう。感心していると、ずいっとフィオナの人差し指がエリシアへと指される。


「いい? わたくしはファッションにはうるさいの。そのわたくしがあなたに合うデザインをして、ヘアメイクまで完璧に仕上げたのですから、自信がないとは言わせませんわよ?」

「フィオナ……」


 熱い友情を感じてじーんとする。


「ちょっと!? お化粧が崩れるから泣かないでよ?」

「うん」

「失敗したら許しませんよ?」

「うん」


 フィオナがハンカチで目元をトントンと叩いて涙を拭いてくれる。エリシアは笑って返事をした。

 大切な友人がここまで言ってくれたのだ。フィオナのおかげで自信がでてきた。


 二人は笑い合うと、リクスの元へと向かった。


 リクスはすでに着替えていて、生徒会室でアーセルと打ち合わせをしていた。


「かっこいい……」


 生徒会室に入るなり、エリシアはリクスを見て言葉を漏らした。


「当然でしょう?」


 隣のフィオナがふふんと得意げに笑うのが聞こえたが、エリシアの目はリクスに釘付けだ。


 リクスは上下黒でフロックコートにはところどころ金糸で刺繍がされている。エリシアとお揃いの刺繍だ。フローレンス・ルミナリエを再現するにふさわしい。さすがフィオナだなと見惚れる。

 ネクタイはラベンダー色で、淡い差し色がリクスに似合っている。


「かっこいい」


 ぽーっとして、同じ言葉を繰り返した。リクスは顔を赤くしながらエリシアを見ている。照れているのだろう。


「君は相変わらずリクスしか目に入らないみたいだね」


 二人だけの世界みたいだと浸っていると、隣にいたアーセルが呆れ気味に水を差した。


「これはこれは、化けたね」


 アーセルがジロジロとエリシアを見定める。ムッとアーセルを見上げれば、意外な言葉が飛んで来た。


「綺麗だ」

「えっ」


 思わず赤くなり、頬を両手で覆った。そんな誉め言葉に耐性はないのだ。


「わたくしが手がけましたので当然ですわ!」


 フィオナがまた自慢げに笑う。そんな二人を見ていると、リクスの背中に視界を遮られた。


「リーク?」


 エリシアからまったくアーセルが見えなくなってしまった。


「はは。私は君の主君なんだけどね?」


 アーセルの笑い声が聞こえると同時に、リクスに手を引かれる。


「行くぞ」

「えっ」


 フィオナが笑って手を振っているのが見えたが、けっきょくアーセルは隠れたままで挨拶できなかった。エリシアはリクスに手を引かれるまま生徒会室を出た。


「リーク? どこに行くの?」


 本番まで時間はある。生徒会の仕事だろうか。

 エリシアの問いかけに、リクスは足を止めることなく顔だけ向けた。


「学園祭を回る。……俺と思い出を作るんだろう?」


 リクスはエリシアが一緒に学園祭を回ろうと言ったことを覚えていてくれた。そしてエリシアの願いを叶えてくれようとしている。


「うん……! ありがとう、リクス!」


 それが嬉しくて笑いかければ、ふいと視線を外された。でもリクスの耳は赤いし、手は握られたままだ。リクスはその手をエリシアの指に絡めて握り直すと、歩調をゆっくりにした。


 恥ずかしいけど、それが嬉しくて愛しくて。エリシアはずっと笑顔のままだった。


 すれ違う生徒たちが顔を赤らめながらエリシアたちを振り返っていく。


(また噂になっちゃうのかな)


 そんな心配も、リクスの優しい眼差しがこちらに向けられれば払拭される。


(今は……今だけは思い出を作らせて)


 祈るように、願うように。エリシアはリクスだけを見つめた。




「いいの? あれ。君もリクスを狙っていたよね?」


 生徒会室に取り残されたアーセルとフィオナが、廊下に出て二人を見送っている。アーセルはフィオナを茶化し気味に問いかけた。


「わたくしのは、恋でも何でもありませんでしたもの。お二人を見ていれば、入り込めない絆があることくらいわかりますわ」

「私ならこじ開けるけどね」

「わたくしはそんな悪趣味ではありません」


 終始真面目に返すフィオナにアーセルがふはっと笑った。


「言うね。衣装に互いの色を取り入れさせたのもわざとかな?」


 二人は気づいていなかったようだが、フィオナは衣装に互いの髪の色を取り入れ、身に付けさせていた。アーセルはすぐに気づいたのに、とフィオナが頬に手を当て息を吐く。


「わたくしの勝手な願いですわ。これでもずっとリクス様を見てきましたもの。リクス様のお心を救って笑顔にしてさしあげられるのは、あの子しかいませんわ。だから幸せになってほしいのです……二人には」

「ふうん」


 いつまでも見つめるフィオナの目には、もう二人は映っていない。フィオナの視線の先を見ながら、アーセルが軽い口調で提案した。


「あ、そうだフィオナ嬢。学園祭、私と回るかい?」

「あら、そう言われて断れるご令嬢がいまして?」


 くすりと笑ったフィオナに、アーセルも苦笑する。


「ははは。嫌なら断っても良いんだよ」

「いいえ、光栄ですわ」


 伯爵令嬢らしく、フィオナはアーセルに礼をとった。

 アーセルも左手を胸に置き、右手を差し出す。


「では、行きましょうか」


 アーセルのエスコートで、フィオナも学園祭へと繰り出したのだった。


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