35話 薬宮トコとは何者なのだろうか……
35話 薬宮トコとは何者なのだろうか……
ロキは、薄汚れたトレンチの襟を立て、椅子に背を預けたまま芝居がかった口調で喋る。
声は低く、ところどころに冷たい笑いが混じる。
授業に飽きた学生のペン回しみたいに、ナイフの柄をくるくる転がしながら、ユズの反応を楽しんでいる。
「……薬宮トコとは何者だ?」
「し……知らない……あの子とは仲良くないから……同じクラスなだけで……」
ユズの声は小さく、目は床の奥を泳いでいる。
ロキの表情がたちまち変わり、口角が上がる。
次の瞬間、手の平が一度大きく振られ、ユズの頬をバシンと強くはたいた。
音が倉庫に響き、ユズは、
「きゃっ」
と、小さな悲鳴を漏らした。
口が切れて、口角から血が垂れる。
「……これまでの人生で、散々に拷問をしてきたからよく分かる。人が『何かを隠しているかどうか』ぐらいは。君は確実に何かを知っていて……そして、それを俺に隠している。中高生ごときにナメられるとは、俺も落ちたものだ」
ロキはそう言うと、グっとナイフの柄を握りしめ、刃先をユズの顔の前へと突きつけた。
蛍光灯の光が刃面にぎらりと反射する。
刃先はユズの片目のすぐ前で止まった。
ユズの眼球が震え、涙があふれそうになる。
「や、やめて、やめて、やめて!」
「何を隠している? 言わないと、片目を失うぞ。脅しではない。その証拠はすぐに出すつもりでいる。片目を失うぐらいでは、君の人質としての価値は微塵も失われないのだから」
ユズは嗚咽を飲み込みながら唇をかみしめた。
指先が結束具に当たって白くなっている。
口を開けると、最初に出たのは断片的な言葉だった。
「……う、ぅう……薬宮は……」
そこでユズの顔に、一瞬だけ別の顔が浮かんだ。
――センエースの、力強い微笑み。
ユズの体が小さく震え、喉の奥が熱くなった。
トコを売る事にためらいはないが、
センに嫌われるのは許容できない。
そう思った瞬間、言葉が変わった。
「……あ、あの子は、センエースに恋してる……」
ロキの顔が一層あざとく歪む。
真っ黒な笑顔でニタリと笑うと、ナイフの腹でユズの頬を軽く撫でた。
「そんなカスみたいなことが聞きたいわけじゃないよ。強いオスに惹かれるのはメスの本能ってだけ。『リンゴは赤い』って言われたようなもの。そういうことじゃなく……薬宮トコの秘密を話せ。それだけ必死な顔で隠すということは、さぞ面白い内容なのだろう?」
ロキの声はより低く、鋭くなった。
ユズは息が止まりそうになる。




