15話 震える財務省。
15話 震える財務省。
――そしてその日。
東京・財務省本庁舎。
霞が関の中心にそびえる無機質な庁舎は、まるで要塞のように厳戒態勢で覆われていた。
機動隊、SP、自衛官、そして戦車の列。
だが、その全てが無意味であることを、誰もが心の奥で悟っていた。
「……来たぞ」
若い自衛官が上官に声をかける。
――センエースは、正面玄関をゆっくりと歩いてきた。
突破も潜入もなく、ただ歩く。
その姿だけで、空気が硬直した。
兵士たちは銃を構える。
だが、引き金に指をかけた瞬間、全員の背中を冷たい汗が流れた。
「誤射するな……絶対に撃つな。交戦規則(ROE)は発令されていない」
上官が、低く、噛みしめるように言う。
「ど……どうするんです?」
「どうもしない。俺たちがここに立っているのは、抑止力の『見せ札』だ。本気でアレを止められると思っている奴なんて、誰もいない。世界中のどこにも、な」
「……はい」
「絶対に引き金を引くな。撃った瞬間、この国が終わる」
兵士たちは呼吸を殺し、目だけで互いを確認した。
汗が滴り、乾いた喉が鳴る。
★
――応接室。
事務次官、主計局長、主税局長、理財局長、国際局長――財務省の中枢が勢ぞろいしていた。
机の上には、IMFの勧告文書、来年度予算案、国債発行計画。
国際交渉のために準備していた資料。
……いつもは誇らしげに広げられるそれらの書類が、今日は『死刑執行書』に見えた。
「……我々は、殺されるのだろうか」
理財局長がぽつりと漏らした。
「金融市場を守るために、どれだけ神経をすり減らしてきたか……国債を暴落させないために、毎日が綱渡りだった」
主税局長の声は低く震えていた。
「俺たちは国の屋台骨を背負ってきた。税を集め、予算を組み、国を動かす燃料を絶やさないようにしてきた。その積み重ねを……悪とののしられて殺されるのか……」
主計局長は唇を噛んだ。
「徹夜で査定し、一本の数字を巡って政治家とやり合い、国を守るために必死だった。その結果が……これ……はは。死ぬ気で勉強して東大に入り、それ以降もずっと死ぬ気で勉強して、朝から晩まで働いて……でも給料は雀の涙で……あげくに、この仕打ち……」
主計局長は唇を噛んだ。
国際局長が、机に投げ出された国債発行計画を見下ろし、青ざめた声でつぶやく。
「……市場が止まったままでは、もう国庫の資金繰りが持たない。起債も、償還も、すべてが詰む……」
「もう、そんなこと言っている場合じゃないんじゃないですか? 今から私たち死ぬんですよ」
誰も反論しなかった。
全員が知っていた。
どれほど自分たちが『国を支えるために働いてきた』と叫んでも、世論は『財務省』という一枚看板しか見ないのだと。
重たい沈黙が場を支配する。
★
【SNS】
全国民のスマホ画面は祭り。
狂乱状態だった。
#センエース財務省突入
#日本終了のお知らせ
「生配信してくれ!」
「税金返してもらえるチャンスw」
「財務官僚、今どんな気持ち?」
冷笑と祭り上げが入り混じる。
一方で震える声もあった。
『おれ、都心に住んでるんだ。もし戦闘になったら……』
『頼むから撃ち合いだけはやめてくれ』
『国債暴落で退職金が消えた。消えた、消えた、消えた、消えたァアアアアアアア』
『退職金ニキ、ずっとわめいてんな』
熱狂と恐怖が同時に燃え上がり、タイムラインは炎に包まれていた。
★
そして、その時がきた。
――センエースが応接室に入った瞬間、空間の時が止まった。
幹部たちは立ち上がることも、声を発することもできない。
ただ空気に押し潰されまいと必死に耐える。
センエースの息を吸う音すら、刃のように鋭く響いた。
世界の時計の針が、この部屋に縛られた。
「ごきげんよう、諸君」
センエースは静かに言葉を口にした。




