11話 狡猾な悪意。
11話 狡猾な悪意。
――月曜早朝。センエースのインタビューが始まる前。
永田町、臨時政権の官邸地下会議室。
ここに集められたのは、各省庁の次官、与野党の幹部、制服組の防衛官僚までを含む、事実上の『非常国会』だった。
テーマはただ一つ――センエース対策。
だが会議は、開始から四時間を経ても結論を見出せずにいた。
机を叩く音、紙をめくる音、誰も聞いていない声の応酬。
会議室は熱気ではなく、徒労の熱で満ちていた。
「専守防衛の枠を越えるべきでは……いや、越えたら国際問題だ」
「しかし、交渉の糸口を……誰が責任を持つんです?」
「内閣としての判断は……いやいや、ここは超党派で合意形成を……」
「野党としては徹底的に検証を求めます!」
机の上には、一枚の紙すら積み重ならない。
全員が『責任を負わずに正論を言うこと』だけに熱中している。
防衛官僚は『責任を負わない範囲で強硬論』を、
与党議員は『責任を取らずに交渉論』を、
野党議員は『責任を避けて追及だけ』を。
誰も前に出ようとはしない。
ゴキブリを前にした少女のように、とかく『責任』という概念を忌避する面々。
会議室の最上席にいるのは――臨時政権の首班、副総理だった。
総理はすでにセンに断罪され、国会は空転。
誰も後任を引き受けたがらない混乱の中で、
押し出されるように『代理の代理』として前に立たされた人物。
財務省本流を歩んできた古株だが、決断力も胆力もなく、
ただ波風を立てずに昇進してきた地味な政治家だった。
額の汗をハンカチで拭いながら、心ここにあらずの声を絞り出す。
「……ええと、我が国は今、未曾有の危機に直面しております。国民生活は深刻な打撃を受け、社会の再建は容易ならざる状況にございます。つきましては、この難局を乗り越えるために……その……」
声が尻すぼみになり、紙に視線を落とす。
彼の胸中はただ一つ――『自分に火の粉がかかりませんように』。
その姿を見て、会議室の一角で毒谷が薄く笑った。
同じ財務省出身。年次では副総理の後輩にあたる。
だが毒谷は、出世欲と要領の良さで、今や首相補佐官にまでのし上がっていた。
(あいかわらず酷いねぇ、副総理閣下。財務省本流の看板を背負っているくせに、野心が薄く、安全運転しかしない。時流に上手く乗っただけで、そこまで上り詰めた豪運ぶりは評価に値するが、それ以外はゴミと言わざるをえない)
そう心の中で吐き捨てながらも、毒谷は表情に出さない。
むしろ柔和な笑みを浮かべ、あえて一礼してから立ち上がった。
「――副総理のお言葉を補足させていただきます」
「ど、毒谷君……?」
副総理は驚いた顔を見せたが、すぐに押し黙った。
毒谷はゆっくりと周囲を見渡し、芝居がかった声を響かせる。
「皆さん、恐れる必要はないんじゃありませんか?」
誰もが顔を上げた。
「センエースは、無闇に人を殺してはいない。殺したのは、軍人と犯罪者だけ。かの神は、むしろ秩序を望んでいる。であれば、我々が『協調の枠組み』を整えればいい。私は提案します――『共生の制度化』を」
会議室にざわめきが走った。
毒谷は続ける。
「具体的には、センエースを公式に『非常任顧問』として迎え、国政に一定の発言権を持たせる代わりに、こちらが調整役を担う。その窓口を一本化し、私が責任者となって『意志疎通』を管理する。これにより、各国へのメッセージも統一され、外交カードとして使える」
大画面に映し出されたスライドには、握手するアイコンと国旗が並び、題字には《共生の未来へ》と踊る。
流暢な言葉、わかりやすい図表。
そしてその資料は――ただの会議用ではなかった。
メディア向けの、『表にそのまま流せるよう』に整えた資料。
見出しから色使いまで、カメラ映えを意識した仕上がりだった。
――『センエース支援庁』創設案。
――『復興基金』の名を借りた特別予算枠。
――『国際調整機構』を通じた他国からの分担金。
美辞麗句に彩られた制度設計。
だがその裏で、毒谷の心は冷笑していた。
(復興基金の流れを自分の部局に集中させれば、いくらでも中抜きできる。他国からの分担金も、『調整費』の名目で俺の懐に入る。窓口を独占できれば、センエースという怪物を利権化できる……)
会議室の面々は顔を見合わせた。
防衛官僚は訝しげに眉をひそめ、与党議員は曖昧に頷き、野党議員は『まず審議が必要だ』と逃げ口上を吐く。
だが結局――誰も反対はしなかった。
副総理もまた、毒谷に主導権を奪われることを悟りながらも、
(……相変わらずの野心家ぶりだな、毒谷くん。腹の底がすけて見えるよ。正直、センエース相手だと、君の『中抜き戦法』は通用しない気がするが……ま、君がどうなろうと知ったことではないのでね……静観させてもらうよ)
ただただ視線を伏せた。
彼は波風を避けながらも、大きな流れを見誤ったことはなかった。
運だけの男と言われている副総理だが、時代の趨勢を見極める眼力に関しては本物だった。
副総理が冷めた目で見ていることなどつゆ知らず、
毒谷は
(よし、ここまで来れば勝ちだ……)
心の中でほくそ笑む。
「――窓口を一本化すれば、混乱は収束します。センエースは低姿勢を示せば応じる。彼の力を利用し、日本が主導権を握れば、国際的影響力は一気に拡大するでしょう」
自信に満ちた言葉が会議室に響いた。
政治の狸たちは、顔を見合わせた。
色々と思うところはあったが、
「……わかった、任せよう」
毒谷の意見を採用することにした。
『最悪、何か問題があっても、全部毒谷のせいだし』――という思惑が、会議室に漂っていた。




