10話 インタビュー。
10話 インタビュー。
――センエースが財務省突撃を宣言する直前に時間を戻す。
月曜の朝。
渋谷の交差点は、なおも封鎖されていた。
周囲には警察と自衛隊の車列。歩道には記者たちが群がるが、線の内側に入ることは誰一人許されない。
その中心――無人のスクランブル交差点に、ただ一人。
青い長羽織を霧雨に濡らし、虚空を見上げる男――センエース。
街路のガラスが彼を映し出し、誰も近寄れないのに、どの視線もそこに吸い寄せられる。
巨大スクリーンに、赤文字が浮かぶ。
《特別インタビュー 生中継》
経緯はこうだった。
国内大手テレビ局の若手アナウンサーが、編集局の反対を押し切り、カメラ片手に、たった一人で、この場に赴き、命を賭してセンと交渉したのだ。
『――わ、私は殺されても構わない。報道の使命として、国民にあなたの言葉を届けたい!』
恐怖で膝を震わせながら、一歩も退かずに勇気を見せた。
彼に利益動機はなく、本心から『人々はセンエースを知る権利がある』と信じていた。
その覚悟を、センは認めた。
「お前の質問には答えてやる。ただし――お前だけだ」
センは低く言い放つ。
「……今後、他のやつがノリでインタビューを仕掛けてきたら殺す。これを世界に伝えろ。もしバカが真似して死んだら、その責任はお前にある」
若きアナウンサーは、唇を噛み、蒼白な顔でうなずいた。
「しょ……承知しました」
――人類史上もっとも危険で、もっとも注目されたインタビューが始まった。
アナウンサーはカメラを構え、震える指先を隠すようにマイクを握り、声を張る。
「……あなたは、多くの人を殺しました。それは『神の正義』なのですか?」
センは横顔だけを向け、指を組む。
「正義を騙る気はない」
アナウンサーは喉を鳴らし、次の問いを重ねた。
「……では、人の命を奪ったことについて、どうお考えでしょうか?」
センはわずかに目を細め、宙を仰ぐ。
雨粒が睫毛を伝って落ちる。
「人が人を殺せば、刑罰の対象になる。……だが俺は人じゃない」
声音は淡々としていた。激情も後悔もない。
「人だった時期もある。だが今は違う」
「……自分は『神』だと?」
「呼び方は自由だ。俺は事実として、『神』という『種族』に『進化』した。……が、それは、結局のところ、ただの進化にすぎない。キリンの首が伸びたのと、大差ない」
肩を竦める仕草。冷笑にも、真剣にも見える曖昧さ。
「俺をどう認知するかは――お前らの勝手だ。悪魔や独裁者と呼びたければ、お好きにどうぞ。それを理由に殺しはしない。批判は自由にすればいい。だが、誹謗中傷は辞めておいた方がいい。シンプルにイラついて殺してしまうかもしれない」
アナウンサーは言葉を失いかけ、必死に勇気を振り絞る。
「……では、改めて伺います。命を奪うことに関して――」
センが声をかぶせた。
「質問に答えよう」
その瞬間、空気が張りつめた。
「俺は俺のルールを絶対視している」
センの瞳は氷のように澄み切っていた。
「俺に牙をむいた者、一定以上の罪を犯した者――それらはすべて罰する」
アナウンサーはかすれ声で問い返す。
「……『嫌なら従え』、ということでしょうか?」
「そうだ。俺に牙をむくな。そして罪を犯すな。……簡単なことだろう?」
「それは……独裁では?」
「罪を犯すなと言われて、独裁だと反論する。筋が通っていないと思うのは俺だけか? 会話になってない気がするぞ」
「……」
「俺をどう判断するかは自由だが、罪を犯すなという命令に、無意味に反抗する意味はあるのか? 嫌がらせの反論は停滞と腐敗しか生まないと、国会を見ていれば分かりそうなものだが?」
怒りでも、激情でもない。
ただ『事実』を告げるかのような静けさ。
それが何よりも恐ろしかった。
「では……次に……あなたが殺してきた方々の『遺族』に……なにか、メッセージはあるでしょうか?」
テレビの向こうで『おお、そこに踏み込むのか』と、皆がかたずをのむ。
SNSでは『あのアナウンサー、死んだ』などという声が溢れた。
熱を増す民衆の体温とは裏腹に、
センは、淡々と、
「お前らは落雷で家族が死んだ時、雷にメッセージを求めるのか?」
「あなたは落雷ではない。あなたには理性と言語能力がある。ただ降り注ぐだけの雷とは違い、意思をもって他者を殺めた。ならば、遺族に、説明責任がある」
「お前は今日だけで、数百億を超える微生物を殺した」
「……ぇ」
「腸の中で数百億の菌を殺した。顔を洗うたびに、数千万の常在菌を削ぎ落とした。サラダを噛んで胃酸で溶かすたびに、数億の命を潰した。……その遺族に一人残らず釈明してこい。そのあとだったら、お前の望むメッセージを、そのまま口にしてやるよ」
「……」
「どうした? さっさと行ってこい。まさか、俺だけに命を奪った責任を追及するつもりじゃないだろ? それとも、微生物と人は違います……なんて、ズレたことを言うつもりじゃないだろうな? だったら、俺はこう返すぜ。命に差があると考えるその傲慢さを恥じろ。お前も微生物も、俯瞰でみれば差なんざねぇよ。自分は人間様だから特別? ありえるか、そんなこと」
カメラは沈黙を切り取る。
全国放送の画面越しに、人々は固唾を呑み、息を止めた。
【SNS/日本大国】
〈怖すぎるのに、妙に納得してしまう……〉
〈「俺は人じゃない」って……終わったろこれ〉
〈微生物に遺族って……屁理屈すごw〉
〈命を奪っているということに変わりはないって話だろ。そんなこともわからないの?〉
【SNS/アメリカ合衆大国】
〈まじで神インタビュー〉
〈……『ルールは俺だ』って宣言だろ。自由も民主も全部無効じゃん〉
〈正義を騙らない神……逆に本物っぽいのがヤバい〉
【SNS/中華人民共和大国】
〈ゆがんだ支配そのものだ。人民はどう受け止める?〉
〈歴史の天命が移った瞬間を見ている気がする〉
〈人と虫けらを同じと考えるなど言語道断〉
【SNS/欧州】
〈哲学の講義みたいだった〉
〈……『進化した種族』と自称する時点で、人類は交渉の対等者じゃない〉
【SNS/中東】
〈彼は悪魔かもしれんが、悪魔だとしても、秩序を与える悪魔だ〉
〈ウラマーが何て言うかで明日からの祈りが変わる〉




