2話 裏国連会議。
2話 裏国連会議。
翌日の火曜日。場所はスイス、アルプスの山中にひっそりと佇む、廃業したリゾートホテルの地下ホール。
壁紙は剥がれ、シャンデリアはほこりを被っていた。
だが中央の長机には、古びた建物に似つかわしくない重厚な革張りの椅子が並んでいる。
そこに腰を下ろすのは、正規の外交官ではない。
各国の旗こそ掲げられていないが、この場に集った面々こそ、国連総会の何倍も『世界を動かしてきた影の支配者たち』だった。
イタリアン・マフィアのドン。
冷戦崩壊後に軍から流れたロシア・シンジケートの将軍上がり。
中華トライアドの古参の頭目。
麻薬戦争を生き延びたメキシコ・カルテルの将軍。
極道連合を束ねる日本の会頭。
さらに、資源ビジネスを牛耳るアフリカの武装財閥、民間軍事会社の闇ネットワーク。
テーブルの上にはワインと葉巻。空気は煙草と酒と、そして血の匂いで淀んでいた。
――重苦しい沈黙。
「……センエース……か」
最初に声を発したのは白髪のイタリアのボスだった。吐き捨てるように低い声を響かせる。
「どうしたものか……」
「あんなのがいたら、商売あがったりだぞ」
「どうにか殺せないのか?」
「無理だろうな……」
「ロキが挑んだそうだが、撃沈したと聞いた」
「あのロキでも無理か……」
「……なんせ、相手は神だからな」
「なにが神だ、バカバカしい」
机を叩く拳、渦巻く怒声。だがその裏に潜むものを互いに知っていた。
声の震え。視線の泳ぎ。――怒りより先に染み出すのは隠しきれぬ恐怖だった。
そのとき、重い扉が軋んだ。
長身の男が、ゆっくりと歩を進める。
黒いスーツに身を包み、氷のような笑みを浮かべながら。
「久しいな、諸君」
場が凍りついた。
誰もが、その名を知っていた。
――皮肉と敬愛を込めて、サルバトーレ(救世主)と呼ばれている悪魔。
闇の帝王ロキ。
裏社会の歴史に刻まれたコードネーム。冷戦終結の混乱を利用し、東欧の武器市場を掌握した男。
バルカンの民族紛争を裏から煽り、アフリカの資源戦争に傭兵を送り込み、中南米の政権交代にまで影を落とした。
表に出れば国際指名手配、だが常に一歩先で証拠を焼き払い、影の金融と情報網で各国政府を翻弄してきた。
抗争を仕掛け、政権を転覆させ、経済を混乱させた数は誰にも数え切れない。
その足跡は伝説ではなく、冷たい現実として、各国の情報機関の極秘文書に刻まれている。
ロキは視線を巡らせ、にやりと笑う。
「震えているな」
その声音は嘲笑だった。
「分かるさ。俺の血も揺れている。しかし――動かなければジリ貧だ。ニーチェは間違っていた。神はまだ生きている」
沈黙が落ちる。老ボスが、恐怖を押し殺すように口を開いた。
「……貴様の言う通り、奴は神だ。わしらごときが抗うのは、やめた方が――」
パン、と銃声。
言葉は最後まで紡がれなかった。老ボスの額に赤い穴が開き、後ろへ崩れ落ちる。
ロキは煙を上げる拳銃を机に投げ置き、冷たく吐き捨てた。
「弱者に命を咲かせる資格はない。心まで老いるのはマナー違反。悪党には悪党の哲学が必至。最後まで悪に殉ずる美学を愛せ」
血の匂いがさらに濃く漂い、場の恐怖を上塗りする。
誰も何も言えなくなる。
名うての悪党も震えて黙る悪魔のキング。
「いいか、諸君」
ロキの声は低く、だが鋼のように響いた。
「俺はすでに軍需産業の闇部門と、諜報機関の黒予算部門と契約を結んだ。表の政府は震えて手を出せない。だが俺なら飛べる」
背後のスクリーンに映像が流れる。
砂漠で群体ドローンが稼働し、戦車を蜂の巣にする無音の群れ。
試射場で携帯型レールガンが分厚い鋼板を容易に貫く。
都市実験区画で認知撹乱ガスを浴びた兵士が幻覚に苛まれ、自滅していく。
会議室に映し出されたのは、ただの兵器紹介ではない。
人類の最高傑作。
命の業の集大成。
「国家予算で磨き上げられた兵器。局所的な殺傷力で言えば核を超える。俺が自力で集めた玩具とは次元が違う。……これがあれば神殺しは夢じゃない」
沈黙。だが先ほどと違う。
恐怖に押し潰されそうな沈黙が、欲望と生存本能に塗り替わっていく。
各国の闇のボスたちが、ひとり、またひとりと頷く。
やがて重苦しい合意となり、場を満たしていった。
ロキはゆっくりと手を掲げ、冷たく宣告した。
「目標はただ一つ」
鋭い瞳が、虚空の一点を射抜く。
「――センエースの首だ。ここは人間の世界。無粋な神には、ご退場いただく」




