トコ14話 潜入開始。
トコ14話 潜入開始。
科学室の奥。
薬宮トコは棚から試薬瓶を取り出し、冷静な手つきで混ぜ合わせていた。
――ガラスのビーカーに透明な液体が落ちる。
アンモニア水をほんの数滴、揮発性の強いアルコールに混ぜる。
独特の刺激臭が立ち上り、鼻の奥をつんと刺した。
「こういうのは趣味ちゃうねんけどなぁ……」
ぼやきながらも、手際は淀みない。
火薬のような威力はないが、強烈なアンモニア臭と白煙で視界を奪うには十分。
数秒でも動きを止めさせれば、制圧のチャンスは作れる。
トコは昔から好奇心が強く、分厚い図鑑や化学の専門書を独学で読みあさってきた。
結果、テストは常に学年一位、全国模試でも一位常連。
だが、それを誇ったことはない。
――『テストの点に重きをおく軽い人間にはなりたくない』
それがトコの一貫したスタンス。
即席の小瓶爆弾をポケットに忍ばせ、視線を天井へ向ける。
通気口の金属格子。椅子と机を積み上げれば、手が届く高さだ。
「……はぁ。スカートでやることちゃうなぁ」
それでもトコは無駄のない動きで机を上り、するりと体を持ち上げた。
格子を外し、細身の身体を滑り込ませる。
通気口の中は狭いが、匍匐前進で進めば移動できた。
下を覗けば、廊下を銃を持った武装兵士が通り過ぎていく。
(なるほどな……ざっと二十人以上はおるか……)
息を殺し、別の教室の通気口を外す。
トコは軽やかに床へ着地した。
靴下の底がフロアをかすかに擦り、音はほとんどしない。
「……っと」
背筋を伸ばし、棚の影へ身を滑り込ませる。
その直後――扉が開き、一人の兵士が中へ入ってきた。
銃口を振りながら周囲を確認し、短くつぶやく。
「クリアリング……異常なし……」
兵士が背を向けた瞬間――トコは動いた。
ポケットから小瓶を抜き、壁際へ投げつける。
ガシャンと割れ、刺激臭を帯びた霧が兵士の顔に広がった。
トコは息を浅くする。
霧の大半は兵士が浴びて、トコに届いたのは残り香だけだった。
「ぐっ……な、なんだ……目が……!」
兵士が視界を奪われ、よろめいた瞬間。
トコは無駄なく腕を取り、相手の勢いをそのまま床へと流し込んだ。
手首を返し、肩を落とし、体を制御する。
バランスを崩した兵士は机に叩きつけられ、呻き声を上げる間もなく頸動脈を押さえられる。
数秒後、体から力が抜け、静かに動かなくなった。
「……あー、しんど。マンガみたいに、首トーンとかできたら楽でええねんけどな」
小さく吐き捨て、兵士の銃を拾い上げる。
見たことのない構造。銃身は細身で、側面に切り替えダイヤルがついている。
「すごい銃やな……スパイ映画でしか見たことないで、こんなハイテクなやつ……」
ダイヤルを回すと、ディスプレイに文字が浮かぶ。
〈LIVE〉――実弾射撃。
〈STUN〉――電磁ショック。
トコは軽く息を吐き、〈STUN〉に合わせる。
「とりあえず、こっちでいこか……さすがに人を殺すんはちょっとな……」
銃を肩に掛け直し、再び通気口へ身を滑らせる。
救出ミッションは、まだ始まったばかりだった。




