トコ13話 占拠。
トコ13話 占拠。
「イカれた状況になってきたな……」
トコは、しんどそうに溜息を漏らし、机にプリントを置いた。
「さて、どうやって逃げようかなぁ……」
窓の外を見れば、武装した影が校庭を駆け抜けていく。
銃を構え、通信機を耳につけた兵士たち。
肩から伸びたアンテナのついたジャマー機材を背負った者もいる。
屋上にはドローンの影がホバリングし、赤いセンサーが校舎を舐めるように動いていた。
校内のスマホは圏外表示に切り替わり、通信は完全に断たれている。
(丁寧に、電波を潰してくれとるな。外部に助けを求めることは出来ません、と。……最初から期待してへんから、別にええけど。問題は、どこから逃げるか)
などと考え込むトコの耳に、甲高い声が飛び込んできた。
「きゃあ!」
教室の方角。女子の悲鳴。
直後に、ガンッという、鈍い音が響き渡った。
(おそらく、どっかのアホが抵抗したんやな……あるいは、トイレに行きたいとでも言って殴られたか……)
トコは舌打ちをし、頭をかいた。
「あたしだけやったら……たぶん、逃げられるんやけど……」
トコは天井を見つめながら、
何度か溜息をついたのちに、
「…………しゃーないなぁ」
最後にもう一度、深いため息をついてからコキっと首の骨を鳴らす。
肩の力を抜いたまま、しかし瞳だけは鋭く光る。
「あたし一人で何ができるとも思えんけど……できることはやろうか……」
その声は限りなく冷静。
自分自身の性格に対する諦観もにじんでいた。
トコは静かに、科学室の奥へ身を滑らせる。
★
同時刻――体育館。
数百人の生徒たちと数十人の教師一同が整列させられ、床に座らされている。
照明の高みに、銃器を搭載した監視&制圧用の小型ドローンがいくつも浮遊していた。
舞台中央。
黒いロングコートをまとった男が、ゆったりとマイクを握る。
痩せ型で長身、鋭い笑みを浮かべる異質な存在。
「悪いな、諸君」
彼のコードネームはロキ。
本名は誰も知らない。
ロキの声は、芝居がかった調子で体育館全体に響いた。
「君らに恨みは一切ないんだが、対センエース用の道具になってもらう。俺のワガママに付き合わせて悪いね」
ざわめきが波のように広がり、あちこちで泣き声が重なる。
「ま、本当は一ミリも悪いとは思っていないんだがね。くくく……」
喉の奥で笑い、マイクを下ろした。
そこで、教師が一人立ち上がり、
「こ、子供たちを巻き込むな!」
と叫んだ。
気骨のある教師に、ロキは言う。
「次、許可なく口を開けば、お前以外の5人を殺す」
「……っ」
「さあ、ヒーローの演説を続けてくれ。俺にどうしてほしい? 子供を巻き込まないでほしいというところまでは理解したから、続きを言ってくれ」
そう言いながら、近くにいた生徒の一人に銃口を向ける。
生徒たちは悲鳴を上げ、隣の友人の手を必死に握りしめた。
恐怖の震えが全体に伝染していく。
何も言えなくなった教師を尻目に、
ロキはわざとらしく肩をすくめる。
「教育の場ってのはいい。未来を詰め込んだ空間だ。そこを握れば、社会も国も心臓を撃ち抜かれたも同然だろう? 議事堂や空港を占拠するより、よっぽどセクシーだ。チープさは時に神になる」
薄く笑い、言葉を続ける。
「さぁ、準備は整った。渋谷から近いこの拠点……ここでセンエースを試す。奴が『人質』という古典的な手にどう応じるか、見ものだろう?」
芝居がかった声色で、観客のいない劇を演じるように告げた。
★
――科学室。
トコは窓際から体育館の方角をうかがい、深く息を吐いた。
(こっちの警備は……薄いな……助かるわぁ)
教室に戻るでもなく、体育館に向かうでもなく。
トコは静かに机を押し、奥の薬品棚へと足を運んだ。
(逃げるチャンスは十分にある。でも――)
再び、校舎のどこかで短い悲鳴が響いた。
頻繁にあがる悲鳴が、トコの心をかきみだす。
――トコは頭をかき、タメ息交じりに、
「……めんどいなぁ……はぁ……」
そう言ってから、作戦行動を開始した。
「アンモニア……アルコール……ん~、さて、どうしようか……」




