トコ12話 不穏。
トコ12話 不穏。
月曜の朝。曇り空。
――天聖学園高等学校。
薬宮トコは教室の隅の席に腰を下ろし、スマホを開いた。
昨夜投稿した『渋谷サミット』の回。
画面では数字が容赦なく跳ね上がっていた。
PVは桁をひとつ増やし、ブクマも雨粒のように溜まっていく。
EXPも滑らかすぎるほどの伸びを見せていた。
(だいぶバズっとるけど、まだ200万ポイントには届かん……はよ、センの記憶の続きが見たいんやけどなぁ……)
などと思っている間も、通知は止まらない。
英語、中国語、フランス語……見たことのない言語で『転生文学センエース』が翻訳され、勝手に拡散していく。
そして、それを見た海外の人たちが、『原典に感想を書きたい』と、大量のメッセージを送ってくる
(日本語に翻訳しとるやつはええけど……外国語で書かれてもわからんて。英語とかはまだええんやけど、さすがに、中東の言葉とかはわからん、わからん……)
――そこで、
ふと、昨夜の言葉が頭をよぎった。
……センエースが最後に残した言葉。
『――そんだけ過剰に美しかったら、生きていくのが大変だろう』
(……あいつ、なんやねん。あたしなんて、中の下やろ。こういうこと言わせんなや……泣きたくなるやろ)
ふいに、教室のざわめきが、不自然に静まった。
足音。視線が一斉にそちらへ流れる。
葛葉柚子。
クラスの女王。
一目で息を呑むような美人ではない。
だが、厚く塗られたアイラインとラメ入りのシャドウ、鮮やかすぎるリップが顔の印象を強引に引き上げている。
制服も、ボタンは胸元まで外し、ネクタイはだらりと下げ、スカートの丈は校則を笑うほど短い。
誰も逆らえない空気を常にまとったカーストナンバーワンギャル。
彼女が一歩踏み込むと、教室全体の空気が勝手に均されていく。
ユズはトコの机に目をとめ、
「なに、ずっと見てんの? きもいんだけど」
そう言いながらスマホをつまみ上げた。
「あ、ちょっと」
思わず声が漏れた。
(やばっ……マイページを見られたら、あたしが転生文学センエースの作者ってバレる……)
と一瞬思ったが、しかし、すぐに、
(いや……『なろう』に詳しくないと、わからんか)
合理的な理屈で自分を落ち着かせる。
だが、予想外に、ユズの目が細くなった。
ユズは、画面を覗いた一瞬で、理解してしまったのだ。
(……これ、『なろう』のマイページ……? タイトル……転生文学センエース……? え、うそでしょ。こいつが作者? 今、世界中で騒がれてる、あの……? いや、そんなはず……)
ユズの瞳が一瞬だけ大きく見開かれる。
誰にも知られていない彼女の秘密。
実は、なろうに『自分が王子様に救われる夢小説』を投稿している。
トコはすぐに手を伸ばし、スマホを奪い返した。
「……さすがにスマホ勝手に触るんは、ライン越えやろ」
声は冷たく、短く。
「……」
ユズは何も言わなかった。
ただ、まつげの影に隠れた瞳に、かすかな苛立ちを湛える。
つま先が机の縁をコツと小さく鳴らした。
トコはそれを横目に拾い、深く気にも留めず、視線をスマホへ戻す。
――その直後。
「く、薬宮さん、ちょっといい?」
学級委員の声が飛ぶ。真面目な眼鏡の男子がノートを抱えて立っていた。
「きょ、今日、日直だったよね。科学室から資料とってきてもらえないかな」
「……ああ、せやったな」
トコは軽く肩をすくめて立ち上がる。
スマホをポケットにしまい、スリッパの音を静かに響かせて教室を出た。
その背中を、ユズは、ジっと睨んでいた。
★
廊下には曇天の光が射し込み、白い床に淡い影を落としている。
科学室の扉を引き開けると、ひんやりした空気が頬を撫でた。
棚に並ぶフラスコや試薬瓶、白衣が無造作に掛けられたハンガーラック。
その横には段ボールが積まれ、実験器具と一緒にプリントの束が雑に押し込まれている。
トコは段ボールを引き寄せ、指先でラベルをなぞった。
『中和実験プリント』や『酸化還元反応』と殴り書きされたファイルが重なっている。
(……ここのプリント類、いつ見てもカオスやな……もうちょい整理してくれんと、日直の苦労が絶えんわ)
目当ての『酸とアルカリの中和実験』のプリントを探そうと、手を伸ばしたその時――
「……ん?」
廊下の向こうから、かすかなざわめき。
普段なら混じらない重たい金属のきしみと、靴音の連なりが耳に触れた。
(……なんや、この音……テロリストでも乗り込んできたんか? はは……まさかな……そんな、中学二年生の妄想やあるまいし……)
次の瞬間、校内放送のスピーカーが不自然に唸る。
雑音が一拍混じり、低い声が響いた。
『――全校生徒に告ぐ。直ちに体育館へ集合せよ。繰り返す、全校生徒は体育館へ集合せよ』
機械的なアナウンス。
抑揚のない、無機質で冷徹な響き。
トコの背筋を冷たいものが這い上がる。
「……なんや、今の……どう考えても教師の声やなかったな。何人も殺してそうな声やったんやけど……え、どういうこと? なにが起きとる?」
トコは顔をしかめ、プリントをそっと置いた。
そして、ソっと、窓の外に視線を向ける。
科学室の窓の外。
校庭を『ガタイのいい連中』が横切っていく。
銃器を抱え、無骨な装備に身を包んだ異質な集団。
「……おっと、これは……本格的にヤバいやつかも……」
しんどそうに息を吐き、トコは頭をかいた。
ここまで読んでくださったこと、感謝します!
明日も3話ぐらい投稿する予定。
明後日からは毎日1話投稿にする予定です。




