157365話 センエースのいない世界なんていらない。
157365話 センエースのいない世界なんていらない。
――日がすっかり落ちかけた頃。
トコはパソコンの前に張り付いたまま、ひたすら文字を打ち続けていた。
薄闇に沈んだ部屋の中で、液晶モニターの白い光だけが、ぽっかりと浮かび上がっている。
カタカタとキーボードを叩く音が、一定のリズムで鳴り続け、狭い部屋の空気を細かく震わせていた。
カメラの入らない刑務所で繰り広げられるセンエースの物語は、現実では誰の目にも映らない領域を切り取っているがゆえに、情報をむさぼる読者たちを狂喜させていた。
画面の向こう側で、何万人もの視線が文字に喰らいつき、スクロールバーを上下させている。
通知の数字が跳ね上がるたび、コメント欄に新しい感想が流れ込むたび、その熱が、モニター越しにじんじんと肌へ伝わってくるようだった。
ヒッキエス編に続いて、チャーリーの章も投入していく。
トコは一度、肩を回し、こわばった首筋を指で押しながら、呼吸を整えた。
そして、次の一文へと指を伸ばしかけた、その直後――
トコの内側へ『未来からの意識』がドゴンと叩き込まれる。
脳の配線を、誰かが乱暴に掴んで組み替えたような衝撃が走り、視界の端が一瞬だけ白く飛んだ。
椅子の背にもたれていた身体がびくりと跳ね、指先から力が抜ける。
「ぷはぁあ!」
トコは肺の奥まで空気を吸い込んだ。
水面から顔を出したばかりの人間みたいに、胸がきしむほど深く、むさぼるように息を求める。
「はぁ……はぁ……」
何度か深呼吸を繰り返し、過去と未来の記憶が擦れ合う頭痛をやり過ごしてから、トコはグッと顔をあげた。
モニターに映る自分の原稿画面をぼんやりと眺め、数秒ほど、無言で頭を回す。
「……」
言葉を選ぶように、舌の上で思考をひっくり返しながら、やがて、ぽつりと。
「ラストの強化は頭打ち。底が見えた」
自分以外には聞こえないほどの小さな声。
しかし、その中身は、世界の命運に直結している。
狂気で頭を冷ます。
泣き虫を殺して、冷徹に今を貪る。
そうでなければ、大事なものを失ってしまうから。
トコは椅子に深く座り直し、モニターには目を向けたまま、一人で、ぶつぶつと続ける。
「とはいえ……あの凶悪な強さに対応できるんは『命をかけたセンエース』だけ。あたしが召喚する死者ラストで対応しようとすると……まあ、少なく見積もっても……これまでの10倍……いや、最低でも1000倍は必要やな。1000倍でも行けるかどうか微妙……そんな化け物を、根性だけで殺してみせるとか、マジで、あの怪物くん、どういう変態? バグリすぎやろ」




