73653話 アホばっかり。
73653話 アホばっかり。
『――宗教画を見て涙が出るように、これは読んだ瞬間に膝が折れる。高次の信仰が生まれる。信者になる準備なんてしてなかったのに』
『ドストエフスキーが魂を覗き込み、カフカが悪夢を描いた。だがこの作品は、その二人が帰れなくなった出口を書いている』
『経済も信仰も越えた。……黄昏を読む奇跡と化している黙示録。これほどの文豪が、この世界に存在しているという運命が、神の存在証明として明確に成立している』
『センエースを愛するべきだ。この文字の海が、私にそう語りかける。それこそが真理だと教えてくれる』
画面の向こうで、感情が水疱瘡をおこしている。
タイムラインは、発疹のような絶賛の言葉で、どこまでもどこまでも埋め尽くされていた。
新しい感想が一つ生まれるたび、それがまた別の誰かの感情を刺激して、さらに過剰な賛美を産み落としていく。
無限の称賛だけであふれかえる。
画面をスクロールしても、スクロールしても、出てくるのは同じ熱量の叫びばかりだった。
『極みに至った小説』という『芸術の果て』を前に、誰も文句の一つも言えやしない。
言葉を選んで批評する余裕すら吹き飛ばされて、ただひざまずき、ひれ伏す文章だけが連なっていく。
的外れなアンチコメントも無数に存在するが、周囲の信者たちによって、徹底的に叩き潰される。
不安定な暴言は、『読解力がなさすぎる』という一言にさらわれる。
少しでも疑問を口にした者は、瞬時に引用され、論破され、人格ごと焼却される。
『いいね』の数が、それを証拠立てるように積み上がっていく。
知性で分断されていく社会断層。
転生文学センエースを理解できるか否か、という、新しい差別が横行していく。
感想をざっと流し見てから、
トコはボソっと、
「……アホばっかりや……」
と、キーボードの上に肘をついたまま、呟いた。
パソコンの液晶から吐き出される白い光が、彼女の顔色の悪さを、余計にはっきり照らし出す。
青白く、血の気のないほお。
その目は、徹夜続きの乾いた井戸のように、感情の水面をどこかに置き去りにしていた。
ただただ疲れ果てた顔で、文字を眺めていた。
胸の奥は、不思議なほど静かだった。
嬉しいとも、誇らしいとも思えない。
まるで、『砂糖を取り合っているアリの群れ』を見た気分。
――次の瞬間、背後で空気が裂けた。
パソコンの排気ファンの音とはまるで違う、世界そのものが悲鳴をあげるような音。
バチバチと火花のような音を立て、空間そのものがひずむ。
センエースの来訪を、トコは冷めた目で歓迎する。




