6065話 誰でも保有できる抑止力。
6065話 誰でも保有できる抑止力。
ある発展途上国の首相は、資料の山を前に顔を伏せ、額に冷たい指を当てていた。
財務大臣の声は震え、予算案の数字を繰る指先は止まらない。
「無理だ……金が足りない……」
誰かが呟き、会議室には切迫した沈黙が落ちた。
先進国なら、ぎりぎり対応できていたが、財政難に喘ぐ小国にはそれすら叶わない。
「我が国は滅ぼされる……センエースという悪魔に……」
力のない国々のトップが、頭を抱える。
――そんなタイミングで、センエースは電波と映像を通じて世界に向けて言葉を投げた。
「もし、俺の支配下に入るというのであれば、後ろ盾になってやる。仮に、他国がせめてきたら、俺が出ていってやる」
その宣言は、財政の穴を埋める具体的な提示として、国の机上で瞬時に換算された。
他国からの侵略に対する防衛をセンエースに任せられるなら、軍事にかかる費用が事実上ゼロになる。
中央銀行の幹部は電卓を叩く。
国庫の空白が一時的に埋まる算段が立った。
小さな国の閣僚は夜通し会議を続け、
翌朝には条約に近い協定文の草案が動き始めた。
多くの小国は、迷うことなくセンエースの支配を受け入れる決断を下した。
国境の監視は緩み、『攻めたければ攻めればいい』という間隙が生まれた。
『戦争を仕掛けた方が滅びるだけ』だという打算が静かに成立していった。
『センエース』は『誰でも平等に保有できる核』のような扱いになっていく。
★
センエースによる支配を受け入れる者がいる一方、すさまじい反発の声も世界中から湧き上がっていた。
否定派の集会は都市の中心で拡大し、プラカードが日の光を跳ね返していた。
街頭に集まった活動家の群れは声を張り上げ、喉を絞るようにしてスローガンを繰り返していた。
「暴力による帝国思想だ」
「金の亡者め」
「正義を独占する権利は誰にもない!」
「裁きは人の手で行うべきだ!」
「神を名乗る暴君に、未来は託せない!」
彼らの声は広場の石畳に鋭く突き刺さり、
その叫びはテレビカメラを通して世界中へと拡散していった。
センエースの『暴走』は、『即効性のある救済』という顔と、『富や権力の再配分権を一手に握る危険な存在』という顔を併せ持つ。
各国の指導者たちは、目の前の飢えを救うべきか、未来の属国化を避けるべきかという二つの重みを、重苦しい天秤にかけ続けていた。
右翼は『共産主義的だ』と批判し、左翼は『自由が奪われる』と批判する。
やがて、否定派の集団は『ひとりのリーダー』を担ぎ上げ、
――センエースと直接対話する場を設けようと動き出す。
リーダーの名は間崎。
反社会的な過激派活動家にして、政治作家・フリージャーナリストとしての顔も持つ男。
界隈の人間の間では、その名は決して小さくない。
紆余曲折の末、
『間崎とセンエースの対談』は、
テレビ局の正式枠を使い、
――全世界へ向けて生中継されることになった。




