6064話 この日から世界は、本格的かつ明確に変わった。
6064話 この日から世界は、本格的かつ明確に変わった。
暴力を生業にする者は息をのみ、
弱い立場の者は希望と混乱のあいだで震える。
救いの声が実体を帯び、恐怖の囁きが後退するその境界線で、世界は軋みながら向きを変える。
各国の首脳は青ざめて会議室に集まる。
重いドアが閉まり、時計の針がやけに大きな音で進む。
二万円の『安全税』という言葉が、誰の耳にも残響のように張りついて離れない。
あのときの『アナウンサーに対するセンエースの返答』を、誰もが思い出した。
『そいつらが救いを求めた場合、誰が切り刻まれるんだろうな』
沈黙。
机上の資料がわずかに震え、誰かの喉が鳴る。
各国の政府は慌てて緊急予算を組んだ。
数字が書き換えられ、項目が増え、サインが乱舞する。
孤児や低所得者への直接支援は拡大し、福祉の窓口は夜を徹して明かりが消えない。
現場の職員に回線がつながり、臨時の宿泊所が開き、現金給付の手順が繋ぎ直される。
遅れれば、その怠慢のツケを払うことになるから。
今までは、私腹を肥やすことしか頭になく、必要な政策を散々後回しにしてきた権力バカどもが、
必死になって『普通に考えれば絶対に最優先でやるべきこと』を、ようやくこなしはじめる。
★
市場は大きく揺れた。
世界経済は、余震のような乱高下をくり返した。
宗教も揺れる。
『センエースは真なる救い主だ』と叫ぶ者。
『あれは黙示録の獣だ』と断じる者。
センエースが現れて以降、幾度となく議論されてきた『センエースは善か悪か』という論争が、ここにきて、さらに激化していく。
記者は神学者の談話を追い、
寺院も教会もモスクも、人の列で埋まった。
町の暴力は、起きかけてはすぐに止まる。
喧嘩になりかけた腕が下がり、怒鳴り声は途中でしぼむ。
『誰かを殴れば、自分の腕が吹っ飛ぶ』
――そうなれば、誰も拳を振り上げようとはしない。
ニュースを見ない暴力夫が妻に振り上げた拳は、当たる前に力を失う。
イジメの加害者は被害者から必死に距離をとり、
戦争の現場は、一斉に休戦を余儀なくされた。
――世界が、別の重力に引かれて動き始めた。
人々は悟る。
この世に、『警察』や『裁判所』が足元にも及ばない絶対的な執行機関が生まれたのだと。
国でも、宗教でも、思想でもない。
ただひとりの怪物の意思が、世界の頂点で風を巻き起こす。
★
世界の混乱は、経済の脆さを白日の下にさらした。
財政の余地が乏しい国々は、
『どうあがいても対応しきれない』という現実に直面している。




