6058話 結婚したろか?
6058話 結婚したろか?
返事の速度が、彼女の蓄積された経験と決意を物語っている。
鍛え抜かれた卓球選手の反射のように、幾度も繰り返された選択が体に刻み込まれているのが見て取れた。
沈黙が一瞬伸び、空気の輪郭が鋭くなる。
センは、
「……」
沈黙でトコを刺す。
口元に、わずかな皺が寄った。
センはトコの表情を一つずつ読み取ろうと、視線の角度を微妙に変える。
「なんやの、あたしの顔をジっと見つめて。惚れたん? 結婚したろか?」
いたずらな笑顔。
その瞬間、部屋の緊張がさらに加速する。
無表情だった顔に花が咲くように、表情が軽やかに変わる。
その変化は人を惑わせるほど自然で、驚くほど鮮やかだった。
それまでの無表情が嘘のよう。
花のように。
蝶のように。
蜂のように。
薔薇のように。
だからこそ、そんな彼女に、センは、まっすぐな瞳を向ける。
部屋の空気は硬く張り詰め、蛍光灯の白が二人の輪郭を冷たくフチ取っていた。
「……さっきから、ずっと思っていたが……お前、目が壊れてんだよ。その目には見覚えがある。……俺がタイムリープを繰り返した時と同じ目だ。濁っていて、腐っている」
「……あんたと一緒にすんな。あんたはこれまでの人生で、兆を超える数でタイムリープした経験があるやろ。あたしは2回や。まあ、2回でもしんどかったけどなぁ。そう考えると、あんたはえぐいな。何兆回もタイムリープしてきたくせに、2回しかタイムリープしてないあたしと同じとか……やっぱ、あんたは格が違うな」
軽口に見せかけた受け流し。
声色の温度は低く、冗談の膜の下に疲労と警戒が沈んでいた。
明確に何かをごまかそうとするような言葉とリズム。
その波長を敏感に感じ取ったセンは、
「本当は何回やった?」
「せやから2回やて」
またもや即答。
しかし、その『返事の速さ』は迷いの無さではなく、話を終わらせたい者特有の焦りの速度。
センは、ぐいっと一歩だけ、彼女に近づいて、
「……この味は……ウソをついている味だぜ」
「そのセリフは、せめて、あたしの汗をナメてから言えや」
「ナメていいのか?」
「ええよ、べつに。あんたやったら」
空気の張りが一瞬だけ緩む。
センは口角をわずかに上げ、挑発を真正面から受け止めた。
その笑みは温度を持たない。
「……いいカウンターじゃねぇか。合格だ。いいハンターになりなよ」
トコは、一度、視線をそらしてから、
コホンと中くらいのセキを挟む。
『ここで話を戻します』……という明確で力強い合図。
「セン。あんたには、もう一つ、やってもらうことがある」




