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第三十四話 哀れな蜂蜜煮林檎

「氷菓子はどうです?暑い時期ですし、果物を飾れば見た目も華やかになりますわ」

そう言って、アデラインより少し年上の女官は、目を輝かせた。

夏に人気の氷菓子は、冬の間に王宮の地下にある氷室に保管した雪を、塩と交ぜ、そこへ果実水をいれた入れ物を浸けて作る手間暇が必要な高級品だ。

アデラインは曖昧に笑うと、首を振った。

「私も氷菓子は大好きだけど…。招待客全員分の氷菓子を作るには、氷室の雪を全部使い果たすことになるわ」

「あ…そうですね…」

「使える果物は…葡萄と林檎と…」

「葡萄の季節には少し早いので、数が揃えられないかもしれません」

うーん、とミレーと女官が揃って眉を寄せた。

アデライン達は内宮の中庭に集まっていた。日よけの大傘の下に円卓を置き、その上に所狭しと甘菓子の皿が並べられている。甘菓子は小さな砂糖菓子から飴細工、焼菓子まで様々な種類が揃えられ、菓子職人達が端正込めた可愛らしい見た目と甘い香りで、蝶や蜂が寄ってきそうだ。

「お嬢様はどんなものがお好みですか?」

「こちらも美味しゅうございますよ」

「味もですが、やはり見た目も…」

5人の女官達は、大量の甘菓子を前に少し興奮ぎみだ。

彼女達は、アデラインがルトヴィアスと結婚し、王宮で暮らすようになった後にアデラインに付いてくれることが決まっている女官達だ。皆、アデラインよりは年上だが、ミレーよりは若い。将来的に王妃付きの女官になることも考慮され、美しさは勿論、教養も高く、女官達の中でも特に優秀な者が選抜されたらしい。

女達に囲まれ、アデラインは少し困りながら甘菓子を見渡した。

「…そうね…その林檎の焼菓子…それをとってくれる?」

「こちらですね」

ミレーが横から手を出し、大皿の焼菓子を切り分けると、アデラインの手元の皿に一切れ置いた。

林檎の焼き菓子と言えば、大体がくすんだ茶色と決まっているのだが、アデラインの目の前にあるそれは、鮮やかな赤い色をしていた。

「とても綺麗ですわね」

アデラインの隣で、リオハーシュ財務大臣夫人がほのぼのと微笑んだ。アデラインもそれに微笑み返す。

「ええ、本当に。珍しいので気になってしまったのです」

「作り方が違うのでしょうか?」

「蜂蜜で煮詰める際に檸檬を加えてございます。そうすると発色がよくなるそうでございますよ」

夫人の更に隣に座る女官長が、アデラインと夫人の疑問に答えてくれた。

「檸檬?不思議ね」

「本当に」

アデラインとリオハーシュ夫人はそろって感心した。菓子職人とは、色々とよく考え付くものだ。

アデラインの母親より年嵩の女官長は、特に美貌が目立つわけでもなく、黒い髪に所々白いものも見える。基本的に笑うことはなく、常に冷静に多くの女官達を束ねている厳しい女性だ。幼いアデラインに行儀作法のお妃教育を施してくれたのは彼女で、当時は彼女の厳しい指摘にアデラインは半泣きだった。

アデラインは一口焼菓子を口に入れる。

「…酸っぱくないのね」

「煮詰めると酸味は飛びますので」

「焼菓子なら外でもいたむ心配はいりませんね」

リオハーシュ夫人が言うと、女官の一人が端にあった皿を持ち上げる。

「焼菓子でしたら、こちらはどうです?定番ですから嫌いな方は少ないでしょうし、飾りを工夫すれば見た目も良いかと」

「お皿を凝った柄物にしてみたらどうでしょう?」

次々とあがる提案に、アデラインは頷きながら真剣に聞き入った。

仲良しのお友達と甘菓子を囲んで優雅にお茶会、というわけではない。

ルトヴィアスとの結婚式の翌日、王太子妃、つまりアデライン主催の園遊会が王宮の中庭で開かれる。

これは、その園遊会で出す菓子を決める試食会なのだ。

園遊会は国内の王族貴族は勿論、結婚式に出席した各国の王族や大使が招待され、かなり大規模な園遊会になることが予想されている。アデラインの王太子妃としての初めての仕事だ。園遊会の出来が、そのまま各国からの新王太子妃への評価になる。

――…殿下の妃として、恥ずかしくない用意をしなきゃ。

アデラインは意気込んでいるものの、やるべきことは山積みだ。

会場の飾りつけから、音楽、甘菓子、お茶の手配。天気に恵まれなかった場合の代替案も考えなくてはならない。

会場の飾りつけは何とか決めたアデラインだが、甘菓子はなかなか決められないでいる。一人で決めては自分の好みに偏ってしまいそうで、アデラインはリオハーシュ夫人に頼みこみ、更には女官長、ミレー、女官達を集めて、意見を求めることにしたのだ。

材料の仕入れ先や搬入時期も関わるので、そろそろ決めてしまわなければならない。

だが、甘い菓子を前に、女が9人も集まると、話は徐々に本来の目的から脱線した。

騎士団のどの部隊の誰それが素敵だ、とか。深夜の神殿に幽霊がでる、とか。いや、その幽霊は逢い引きしている衛兵と下女を見間違えただけらしい、とか。

「見間違えた人はさぞびっくりしたのでしょうねえ」

などと、リオハーシュ夫人がのんびり屋の本領を発揮した発言をしたり、お喋りは和やかで、たわいないものだった。

3年前、親しくしていた友人達――と思っていたのはアデラインだけだったのだが――に相手にされなくなったアデラインは、以来、同年代の同性に萎縮(いしゅく)しがちだ。それは自分付きになる5人の女官達に対しても同様だったのだが、甘い物の効用なのか、リオハーシュ夫人がいてくれたからか、女官達と自然に打ち解けることが出来た。

普段なら雑談を好まない女官長が何も言わずにお茶を飲んでいるのは、そんなアデラインの心の内がわかっていたからかもしれない。

――…よかった…皆優しい人達みたい。

女官達はアデラインを見下している様子はないし、礼儀正しく、けれど堅苦しくなり過ぎない程度にアデラインに接してくれる。きっと皆、慣れない王太子妃としての暮らしにまごつくアデラインを、心身ともに助けてくれるだろう。

「ところで、お嬢様は園遊会で何色の衣装をお召しになるのですか?」

「……え?」

茶器がカチャン、と音をたてた。

ミレーがため息をつく。

「ほら、申しましたでしょう?早くお決めにならないと、と」

「お決めになってないのですか?」

リオハーシュ夫人がゆったりと尋ねてくるのに、アデラインは気まずい気持ちで頷いた。

「…は、はい…」

ドレス選びは、以前ほどではないがやはり苦手だ。その為、ついつい後回しになってしまう。

黙っていた女官長が、渋い顔でアデラインを嗜めた。

「お嬢様。お嬢様が早めにお決めにならないと、他家のお嬢様方がお困りになります。まだ時間はあるとはいえ、お早くなさいませ」

「はい…」

アデラインは小さくなって項垂れる。

アデラインが今回ドレス選びに及び腰なのは、もう一つ理由があった。実は、ルトヴィアスが園遊会で着る衣装も、アデラインが手配しなくてはならないのだ。

それというのも、昼間に行われる園遊会のような公式行事は、既婚者は伴侶と揃いの衣装を着るというしきたりがあるせいである。

つまり、アデラインとルトヴィアスは、同じ色のお揃いの衣装を着て婚礼の後の園遊会に出席するのだが、自分一人のドレスでさえ頭を悩ませるアデラインが、ルトヴィアスに似合う色まで考え始めると、もはや完全にお手上げだ。

今後二人で公式行事に出る機会も多いだろうことから、五着ほど揃いの衣装を新調しようという話になっているので、工房からは早く詳細を決めてくれと、毎日せっつかれている。

「殿下は何と?」

「…私の好きな色を選べばよいと…」

「まぁ、お優しい」

リオハーシュ夫人は、驚いたように口に手をあてた。

「私の夫など桃色は嫌だ紫は嫌だと、文句ばかりですのよ」

男性に鮮やかな桃色や紫はさすがに酷だろう、という意見をアデラインは口にするのはやめておいた。

「でも、何でもいいと言われるのも困ってしまって…」

「実際、何色でもよろしいのでは?何色をお召しになっても殿下なら着こなしておしまいになるでしょうし」

「……たしかに…」

確かに、ルトヴィアスなら桃色でも紫色でも、きっと似合うに違いない。

「けれどもちろんアデラインカラーからお選びになるのでしょう?」

女官の言葉に、アデラインは首を傾げた。

「…アデライン…からあ?」

「ご存じないのですか?お嬢様が好まれて着る榛色や亜麻色が最近そう呼ばれているんです」

「それから薄い珊瑚色や灰紅色もそうですね。カラーというのは外界の言葉だそうです。『色』という意味だとか」

「……」

全部くすんだ色ではないか。確かに今日もくすんだ木蓮色のドレスを着てはいるが、どうせ自分の名前が冠されるならもっと綺麗で鮮やかな色が良かった。

「大人気なんですよ。私も実は休日用にアデラインカラーのドレスを一着」

「あなたも?私も実は…」

「まあ、私も仕立てようかしら」

嬉しそうに笑う女官達は、アデラインより確実に美しく華やかだ。わざわざくすんだ色を着なくても、とアデラインが言いかけたその時。女官長が紅茶を混ぜていた匙を、かちゃりと置いた。

「私は二着」

「…………え?」

和気あいあいとしていたその場に、突然奇妙な沈黙が流れ込む。

きらりと、女官長の目が鋭く光った。

「何です?私が流行のドレスを買ってはいけませんか?」

「いいえ!そんな!滅相もない!」

「さすが女官長様!流行にも敏感でらっしゃるんですね!」

女官達が冷や汗を流しながら、慌てて女官長を誉めそやす。

女官長は何事もなかったように、またお茶を口に運んだ。

とん、とアデラインの肩に、温かい重みが乗った。

「楽しそうですね。アデライン」

「―…っ殿下!?」

アデラインのすぐ背後に、ルトヴィアスが立っていた。

外套をつけておらず、騎士が着るような動きやすい上衣を着て、腰に剣を帯びている。

女達が一斉に立ち上がろうとするのを、ルトヴィアスは笑顔で制した。

「そのままでかまいません。アデラインの顔を見にきただけですから」

しかし、そのまま座っていたのはアデラインとリオハーシュ夫人の二人だけで、ミレーと女官達は足音もなく後ずさり、頭を下げて控えた。女官長も立ち上がり、軽く膝を折る。

「…剣のお稽古ですか?」

アデラインはルトヴィアスを見上げる。

「ええ。騎士団長にいじめられてきます」

「また人聞きが悪いことを仰る」

ルトヴィアスの数歩後ろに控えていた騎士団長が、茶化すように言った。

「殿下のためを思って指南役をかってでているのですよ。剣を使う機会は滅多にないとは思いますが、今のままですと他国の王子と親善試合でもしたら、恥をかきますよ。まぁ、弓術はいうことありませんがね」

「勿論感謝していますよ、騎士団長。貴方は優秀な指南役だ」

「お褒めにあずかり光栄でございます」

ルトヴィアスの言葉に、騎士団長がわざとらしく頭を下げた。そのやり取りを見て、ルトヴィアスと騎士団長が良好な関係にあることがわかり、アデラインは安堵した。

実はルトヴィアスは10歳以来、まともに剣の修練をしていない。いや、させてもらえなかったのだ。

皇国で、彼は一切の帯剣を禁じられていた。人質とはいえ、ルトヴィアスは公式行事等で客人として皇族と同列に並ぶ。万が一、リヒャイルドが息子に皇帝暗殺を命じていたことを考えて、宰相やその周囲は、ルトヴィアスを常に警戒していたようだ。

けれど、王族の男子として剣の扱いは身に着けるべき教養の一つ。それが身についていないのは大問題であるため、ルトヴィアスは帰国後、騎士団長を指南役として時間を見つけては剣の修練に取り組んでいる。

幼い頃に神童とまで言われた彼だ。剣技の習得にも、それほど時間はかからないだろう。

久しぶりに会った知人に、アデラインは顔をほころばせた。

「久しぶりですね、騎士団長」

「お嬢様、ご機嫌麗しく存じます。ライルとデオはご迷惑をかけてはおりませんか?」

「私の方がかけているの」

「それはいい」

くっくっと、騎士団長は愉快そうに笑った。

「それで?甘菓子は決まりましたか?」

ルトヴィアスが、片手をアデラインの肩に手を乗せたまま、もう片手を円卓についた。

背中に、ルトヴィアスの熱が伝わる。

「え?あ…えっと…」

アデラインの意識が、一気に背中に集中した。

じわりと顔が熱くなる。

「林檎の焼菓子が…綺麗で…」

「ああ、これですか?」

アデラインと目線を合わせるためか、ルトヴィアスがすこし屈んだ。

「そうですね。発色がいい」

ルトヴィアスが吐く息が、耳にかかる。

「…っ」

背筋に沿って、甘い熱がかけ上がり、アデラインは肩を揺らした。

「どうかしましたか?アデライン」

ルトヴィアスが首を傾げるようにしてアデラインの横顔を覗いてくる。緑の瞳が、悪戯っぽく瞬いた。

「い、いえ…」

アデラインは口から飛び出しそうな心臓を、必死に押さえこむ。もう、菓子どころの話ではない。

『慣れるため』に、ルトヴィアスと初めて口づけした日から数日間、アデラインは自身の予想通り、慣れるどころかふとした拍子に繰り返す不整脈に振り回され、ルトヴィアスから逃げ回った。最初はあきれたように笑って逃してくれていたルトヴィアスだが、数日が過ぎると、なんと追いかけてくるようになったのだ。

しかも、髪をさわってきたり、指を絡ませてきたり、軽く抱き締めてきたりと、アデラインがルトヴィアスとの接触に『慣れるため』に、頻繁に色々と仕掛けてくる。

その度にアデラインは真っ赤になって口をパクパクさせたり、硬直したり、全力疾走で逃げ出したりとしてしまうのだが、どうやらルトヴィアスはこれらの反応を見るのが楽しくなってしまったらしい。完全にアデラインで遊ぶ体勢だ。

いちいち過剰反応しなければいいのだが、恋する相手に触れられて平常心を保てるはずもなく、結局いつもルトヴィアスの思う壺なのである。

ルトヴィアスの手に自分が慣れる日がくるとは、アデラインにはまったく思えなかった。 それでもルトヴィアスに『やめて欲しい』とは言えない。たぶん、その一言を言えばルトヴィアスは潔くやめてくれるだろう。でも、アデラインは言いたくなかった。ルトヴィアスに抱き締められる心地よさを知ってしまったからだ。彼の手は、強くて、でも優しくて、安心できる。ずっとそうしていて欲しい。けれど、そう思う自分がなんだかはしたない気がして、アデラインはやはり逃げ出してしまう。

「綺麗な赤ですね。どうして赤いままなのかな?」

アデラインと同じ疑問をルトヴィアスが口にし、女官長がアデラインにした答えと同様に説明する。

「檸檬と一緒に煮詰めるそうです」

「檸檬と煮ると赤いままなのですか?不思議ですね」

「あ、あ、あの!」

耳に直接美声が響いてくるのに耐えかねて、アデラインは身をよじってルトヴィアスを振り向いた。

が、それはそれで後悔することになる。

あまりに顔が近すぎたのだ。

「どうかしましたか?」

ルトヴィアスの目が、明らかに面白がっている。

清らで爽やかなその笑顔を、アデラインは睨みつけた。とは言え、熱湯に投げ込まれたように真っ赤な顔をしていれば、睨み付けたところでルトヴィアスを楽しませるだけだと、アデラインは気づけない。

ルトヴィアスは吹き出すのをこらえようと、わざとらしく一つ咳をし、低く囁いた。

「いじめすぎたな」

その声は笑いを含んでいて、反省しているようには全く聞こえない。

「…殿下」

「ぷっ…そんなに怒るなよ」

睨みつづけるアデラインに、ルトヴィアスはとうとう吹き出した。

「殿下!!!」

憤慨するアデラインの髪を一房、ルトヴィアスの綺麗な指先がくるりと巻き取る。

何をする気か、と不思議に思うアデラインの目の前で、ルトヴィアスは自らの指に絡まるアデラインの髪を引き寄せ、口付けた。

「――――――――っっっっ!?」

アデラインは声なき悲鳴をあげる。

ルトヴィアスが、微笑んだ。そして、二人だけにしか聞こえない声で、とんでもない事を言った。

「次に『殿下』と呼んだら、大階段で口にするぞ」

大階段は、王宮で一番人通りが多い。そこで口に…とは、つまりそういうことだ。

「なっ…なっ…何てことを言…っ」

何て世にも恐ろしい脅しをするのだ。 アデラインの血液は、もはや火山から流れるマグマと化していた。

口づけした時以来、ルトヴィアスはアデラインに自分の事を名前で呼べと再三要求してくる。けれどアデラインは、つい『殿下』と呼びかけてしまい、ルトヴィアスから制裁として、頻繁に鼻や頬を引っ張られていた。それが何故、今日は髪に口づけなのだ。鼻を引っ張られる方がまだましだ。危うく卒倒するところだったではないか。

――…た、たしかに、さっきも『殿下』と呼んでしまったけれど…。

急に出てきたルトヴィアスだって悪いのではないか。

大体、今はアデラインが怒っていたのではなかったか。 機嫌をとろうとするならまだしも、何てことをするのだ。

「殿下、そろそろ」

「そうですね」

騎士団長に促され、ルトヴィアスは歩き始めた。その背に向かって、アデラインは思わず叫んだ。

「ル、ルトのいじわる―っ!」

ルトヴィアスは振り返らなかったが 、かわりに彼の笑い声だけが聞こえてきた。

「…っバカ――ッッ!!!」

彼の笑い声が高くなった。かなり猫がずり落ちているが、いいのだろうか。 結局、振り返ることなく、ルトヴィアスは行ってしまった。

体力を使い果たし、アデラインは肩で息をする。

髪に口づけされるなど、勿論生まれて初めてだ。世の中の親しい男女が、そうやって愛情表現をするとは、知識として知ってはいたが、自分がそんな経験をするなど考えたこともない。

やりすぎだ。いくらなんでもやりすぎだ。

「噂にはきいていましたが…本当に仲がよろしいんですねぇ…」

はあぁ、と女官達がそろって感嘆のため息をこぼした。

「…まるで恋物語を観劇している気分ですわ」

リオハーシュ夫人もミレーも、女官長までもが、にこにこしている。

「素敵ですわね」

「ええ、微笑ましくて」

「若さが羨ましゅうございます」

「…っ」

完全に周囲の状況を忘れていたアデラインは、女官達の存在をようやく思いだし、恥ずかしさで失神寸前だ。

全部見られていた。まるで背中から抱き締められるような体勢も、髪にされた口づけも。

いたたまれず、アデラインは顔を両手で隠した。

ミレーがからかうように言う。

「林檎みたいな顔になってらっしゃいますよ、お嬢様」

「…っもう!ちょっとほっといて!」

アデラインが悲壮にわめくのとは対称的に、周囲にはクスクスと温かい笑いが広がった。

――…ルトのバカっ!

心の内で、アデラインはもう一度婚約者を罵った。

大量の蜂蜜を、頭から一度にかけられて溺れている気分だった。

粘りがある甘さに全身を絡めとられて、身動きも出来なければ、満足に呼吸も出来ない。

皿の上に残る林檎の焼菓子を、アデラインは哀れに見下ろした。

よもや蜂蜜煮にされる林檎に同情する日が来ようとは。人生とはわからないものである。


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