第三十話 そして太陽の欠片で花開く
王国の西の地、広大な麦畑の海原を進むと、黒樫が生い茂る深い森へと行き当たる。
有名な長耳族の姉妹が棲まうと言われる森をさらに抜けると、そこには美しい景観を持つ山がそそり立つ。
その山はかつては、何一つ残ってない哀れな地肌を晒していた。
ある日どこからか、妖精猫と妖鳥族の一団が現れるまでは。
猫と鳥たちは手分けして種を蒔き泉を掘り返して、山をせっせと緑で埋め立てた。
一年を過ぎる頃には、山はすっかり昔の姿を取り戻していた。
そして新たに季節は巡り、山に春がやってきた。
山の頂上には澄んだ泉が湧いており、その周囲には様々な花が咲き乱れている。
そばにある洞窟は綺麗に掃除されて、猫と鳥たちのお家となった。
そして池の側には、一体の彫像が立っている。
両手を突き出し、空を見上げる異形の像だ。
像の足元は子猫や子鳥たちの遊び場になっており、いつも賑やかな笑い声が響いている。
その日、泉にとうとう十本目の薔薇が蕾を付けた。
黒猫隊長がそれらを慎重に摘み取り、全ての薔薇をつなげて大きな花冠を作る。
月光薔薇の原種にあたるこの薔薇は、水温の変化に弱く非常に枯れやすい。
それでも何とか集められたのは、不死鳥の力があればこそだった。
ヒヨコであった彼女も、今は小鳥ほどの大きさに育っていた。
震える手で花冠を造り上げた黒猫は、いそいそと王様の像へ近づいていく。
その周囲には猫と鳥達が集まり、待ち望んだ瞬間が訪れるのを今か今かと期待していた。
仕舞ってあったマントを首に付け直し、丁寧に花冠をその頭に載せる。
ピィと甲高い声を上げた不死鳥が飛び上がって、王様の頭の上にふわりと着地した。
その瞬間、花冠の薔薇が一斉に花開いた。
芳しい香りが溢れ出し、トロールの全身の硬直が解けていく。
石のように硬かった体に柔らかみが戻り、毛むくじゃらでずんぐりと腹の出た姿に戻る。
皆が声も上げれず見守る中、トロールはゆっくりと瞬きをした。
そのあと首を左右に動かして、黙って周囲を見渡す。
大きな歓声が上がった。
口々に叫び声を上げながら、皆は一斉に王様にしがみついていく。
揉みくちゃにされるトロールの鼻の穴が、大きく広がった。
辿々しい声がそこから溢れ出す。
「ただ……い…………ま」
「お帰りなさいニャ、王様」
「ギャウギャウ、ギャウ!」
歯を剥き出しにて笑った王様は、嬉しそうに鼻を鳴らした。
「ありが……とう、み…………んな」
王国の西の地に、森の中にそそり立つ美しい山があると言う。
そこは花の冠を戴くトロールの王が、治める地だと言われている。
花冠を被るそのトロールにちなんで、その山は花咲き山と呼ばれているそうだ。
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