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第二十七話 ドラゴンのテールステーキ ~おかわり制限なし~


 御召し部屋と呼ばれるその部屋は、北嶺鉱山中央地層三階の北通りの突き当りにある。


 中に入ると天井から大きいだけの変哲もない鐘がぶら下がっているだけで、他に目ぼしい物は見当たらない。

 もっともこの双子鐘は特殊な金属で出来ており、片方が鳴ると遠く離れたもう片方も共鳴して鳴り響くという大変貴重な代物だ。


 とはいっても長い間使われておらず、表面には分厚い綿埃が積もってしまっている。

 部屋全体も人の出入りが少ないせいであちこちが汚れ、壁に埋め込まれた石板も煤や塵のせいで読み取ることが出来ない。

 唯一、鐘突き槌だけは、暇を持て余す当番が磨くせいでピカピカだ。


 部屋に据え付けてある頑丈な椅子に腰掛けながら、黒小人族ドヴェルグ)の若者は不満げに息を吐いた。


 先日、鉱山全体を巻き込んでの"岩喰い大長虫"退治という、非常にドラマチックな出来事があったばかりだった。

 そしてその数日後、大長虫と相討ちになった思われていた大親方ゴリドが、ひょっこりと帰ってきたのだ。

 しかも豚鼻族オークとかいう大きな人たちを、引き連れてのご帰還だ。


 新しい鉱脈が見つかったのも重なって、鉱山はまたも大騒ぎになった。

 お祝いと歓迎を兼ねたどんちゃん騒ぎが、昼夜を問わず繰り広げられる。

 若者もオーク族の伝統料理である大鍋煮を、旨い酒と一緒に心ゆくまで楽しんだりした。


 その最中に、ゴリド大親方がのたまったのだ。

 英雄譚サーガなんて創るのは、恥ずかしいから勘弁してくれと。


 若者は驚いた。

 これほどの冒険を記録に残さないなんて、あり得ないと。


 だがゴリドの意思は堅いようで、首をひたすら横に振るばかりであった。

 大親方の頑固っぷりは、黒鋼よりも硬い火廣金入りだと言われている。


 退屈な鉱山暮らしばかりの黒小人族ドヴェルグ)の若者にとって、連日の事件は一生分の冒険のような心持ちだった。

 それを否定されては、憤懣やるかたないのも仕方ない。


 若者は椅子の上で、またも大きく息を吐いた。

 御召し部屋の当番なんて退屈な仕事が、務まる気分ではなかった。


 ただ若者は知らなかったのだ。

 まだ大きな流れは収まっておらず、むしろこれから起こる事件が大きく歴史を塗り替えるであろう事に。

 

 不意に違和感を感じた若者は顔を上げた。


 鉱山の採掘で鍛えた耳が、かすかな振動を捉える。

 地震かと思ったが、揺れは足元ではない。

 違和感の正体を探ろうとしたその瞬間、眼前の鐘が音を立てた。


 数百年の空白があったとは思えない、澄んだ響きが一瞬で部屋に満ちる。

 信じられない事態に、若者は口を開いたまま動きを止めた。


 鐘の音はニ度、高らかに鳴り響き、何事もなかったかのように静かになった。


 今のは幻聴かと若者が己の耳を疑い始めたその時、部屋の扉が勢いよく開かれた。

 息せき切って入ってきたのは、穴方衆をまとめる頭役のオヤッさんだった。


 目ん玉が飛び出しかける程、ぎょろぎょろと部屋の中を見渡しながら、オヤッさんは呆然と立ち尽くす若者を怒鳴り付ける。


「何、勝手に鳴らしてんだ! 手前は」

「いや、俺じゃ無いっス」

「はぁ? お前しか居ねえだろ!」

「本当っス。今、自然に鳴ったっス」


 若者と鐘を交互に見ていたオヤッさんは、鐘突き槌が壁に掛かったままだと気付く。

 オヤッさんが口を開きかけたその時、鐘が再び音を立てた。

 回数は同じく二回だが、先ほどよりも間隔が短い。


 黒小人ドヴェルグ)の二人は、仲良く口をパックリと開いた。


「…………鳴ったな」

「…………鳴ったっス」


 顔を見合わせた二人は、放心状態のまま事実確認をする。


「って呆けてる場合じゃねぇ!」


 先に我に返ったオヤッさんが、大声を上げて自らの頬を叩く。


「手前も正気に戻れ!」

「痛いっス!」

「これが鳴ったってことは、ほらアレだろ、何だ?!」

「アレっスよ! そうそう、火吹き山の主様っス! 御召しっスよオヤッさん」

「まさか本当に、呼び出しがあるなんてな……。俺の曽祖父さんの曽祖父さんぶりだぞ!」


 状況を理解した二人は、拳を打ち合わせて驚きを表現する。

 上得意中の上得意と言われた火吹き山の主の注文は、かれこれ数百年ぶりであった。

 

「って、喜んでる場合じゃないっス。どうしたら良いっスか? オヤッさん」

「おう、そうだな、まずは返事だ。ボヤボヤすんじゃねぇ!」


 オヤッさんの言葉に、若者は鐘突き槌へ飛び付いた。

 振り向きざま、鐘を引っ叩く。


 そのまま息を呑んで、二人は結果を待つ。

 答えはすぐに返ってきた。


 先程よりも、長い鐘の音が一度だけ鳴り響く。


 喜びの余り抱き合う二人。

 そんな二人の前で、鐘が続けざまに鳴り始めた。


「やべぇ、注文が来たぞ。お前は鳴った回数と長さを記録しろ!」


 若者に命じたオヤッさんは、壁に飛び付いた。

 袖を使って、石板の汚れを懸命に拭う。


 埃の下から現れたのは、双子鐘の符丁解読表であった。  


「長いのが一回と短いのが三回は、酒の大樽だな。これが五樽と。長いのが三回は野菜か。種類を問わず台車一杯と――」


 二人は手分けして、火吹き山の主の注文を書き取っては解析していく。

 

「えっと石彫り職人を十人に、とびっきりの料理人を二人に……王族関係者を一人だと?!」

「どうするっスか? そんなお偉いさんの知り合いなんて居ないっスよ」

「まずは分かってる分が先だ。注文は全部、書き留めたな?」

「これで全部っス」

「よし注文、承りの鐘を鳴らしとけ。その後は闇夜のつるはし亭に行って、大親方を叩き起こして事情を説明して来い! 奥のテーブルの下に転がってる筈だ」

「オヤッさんは、どうするんです?」


 その問い掛けに、オヤッさんは歯を剥き出しにしてニヤリと笑った。


「昨夜の宴会で、小鬼ゴブリンたちをちょっくら見掛けてな。あいつらなら、王宮に伝手くらい幾らでもあるだろ」



 

   △▼△▼△




「初めまして、ドロンコ殿。悪名高き棲み処にお招きいただき光栄ですわ」

「確か御名前はサラーサ姫でしたな。初代の面影が少しばかりあるかな」


 優雅に頭を下げる女性に、龍は顎髭を伸ばして握手を求める。

 髭の先を握りながら、サラーサ姫は率直に答えた。

 

「わたくしどちらかといえば、母方の血がよく出てるって言われます」

「うむ。実をいえば私にとって、小さき友人の顔はどれも似たり寄ったりでね」

「わたくしも、龍の御尊顔は見分けが付きませんわ。筋肉なら多少分かるのですが」


 火吹き山の地の底で、悪龍と王家の血縁者が朗らかに会話を進める様子を横目に眺めながら、この会談の仲介人である黒小人ドヴェルグ)のゴリドは大仰に肩を竦めた。


「よく平然と主殿と喋れるもんだぜ。流石、姫様ってやつか」

「ぶひぃ、サラ様は凛々しく勇敢であらせられますな」

「あん時の騎士団の姉ちゃんが、まさか王国の姫だったとは。世間って奴は広いようで狭いな」

 

 三日前に火吹き山の主の注文を受けた黒小人ドヴェルグ)たちは、鉱山中を引っくり返して要望の品を集めたは良いが、最後のオーダーである王族関係者の調達で行き詰る。


 そこを手助けしたのが、ゴブリンの行商人たちだった。


 幅広い人脈や特別なコネを持つ彼らに頼み込んで、騎士団のキグローを通して紹介されたのが、同じく騎士に身をやつしていたサラーサ姫である。


 王家の末姫であった彼女は、腐っていく王宮や不甲斐ない兄たちを見ておれず、身分を隠し一騎士として国を変えようと決めたらしい。

 まあ直ぐにばれて王宮騎士団に保護されそうになったり、上官に連絡が行き届いてたりと志に比べ結果は今一つであったが。

 それでもオークたちにすれば、優しく気遣ってくれた彼女は尊敬に値する存在であることに変わりなかった。


「皆さま、こっちへどうぞニャ」


 可愛い蝶ネクタイをつけた二足歩行の猫が、傍らに作られた大きな石のテーブルへ姫様一行を案内する。

 

 食料と職人たちは直通の地下通路ですでに火吹き山に来ており、大広間のあちこちに天幕が張られ忙しそうに立ち回る姿が見える。

 姫様の場合は鉱山へ呼び寄せていると時間が掛かり過ぎるため、わざわざ馬車を仕立てて貰い西の原で合流してからの到着となった。

 入山の際に南方騎士団に見咎められない様に、裏からこっそり山を登ったりと色々大変な行程だった。


 ゴリド親方やオークの長ゾルバッシュ、それに途中で護衛に雇った鬼人族オーガのガヤンに、長耳族エルフのラキルとシラル姉妹たちがぞろぞろと席に着く。

 心の臓を患っていたガヤンの奥さんは無事、大蠍の尻尾毒を使った治療が成功したものの、術後の経過を見るために薬師のエルソール先生はしばらく居残る必要があり、オーガの宿営地まで兄を迎えに来て暇を持て余していたエルフ姉妹が代わりについてきたという訳である。


「まずはお酒を召し上がるニャ」


 猫たちが器用にぶどう酒を注いで回る。

 盃が掲げられ、空になるころに焼けた石の皿が運ばれて来た。


「お料理ですニャ」


 木盆の上に置かれた石皿には、これでもかとばかりに分厚い肉が湯気を上げていた。

 表面には綺麗な焼き色が付いており、うっすらと血が滲む絶妙の焼き加減だ。


 易々とナイフが入る切り口からは、脂身が殆ど無い綺麗な赤身が覗く。

 滴り落ちた真っ赤な肉汁が、石の皿に撥ねて小気味よい音を立てた。

 

 大振りな一切れを口に含んだゴリドは眼を見張る。

 食べたはずなのに、すでに肉は喉をすり抜けていた。

 同時に強烈な満足感が、胃の腑からせり上がってくる。


 慌ててもう一切れを口に運ぶ。

 ゆっくりを噛み締めて、味を確かめようとしたその瞬間、またも呑み込んでしまう。


 旨さの余り体が言うことを聞かないのだと、赤ら顔の黒小人ドヴェルグ)は気付いた。

 諦めたゴリドは残った肉にフォークを豪快に突き差し、一息に頬張る。


 呑み込めない量の肉を、限界まで広がった口の中で味わいながら、ゴリドは快楽の余り身を震わせた。

 それは今まで食べてきた肉を遥かに凌駕する、極上のステーキであった。


 ふと気が付いて見渡せば、テーブルの面々は誰一人声を発していなかった。

 ひたすらカチャカチャと、ナイフが石皿に当たる音だけが響く。


 空になった皿が下げられ、新たな焼き立ての肉が運ばれてくる。

 ゴリドはそれ以上考えるのを止めて、目の前の肉にナイフを突き立てた。


 黙々と食べ続けるゲストたちを、竜と猫は笑みを浮かべて見守っていた。

 


「こんな旨い肉は、生まれて初めてだぜ」

「ぶひぃ、同感です。皆にも食べさせてやりたいと思いましたよ」


 食事を終えて一息入れた一行は、口々に言葉を交わし始める。

 

「満足してくれて、私も嬉しいよ。お口に合ったようで何よりだ」

「王宮でもこれほどの逸品は、味わったことが御座いませんわ。宜しければあの素晴らしいお肉の正体を、教えて頂けないでしょうか?」


 サラーサ姫の質問に、龍は大きく口を開きずらりと並んだ牙を見せて笑う。


「私だよ、サラーサ姫」

「はい? 今なんと」

「君達が食べたのは、私だと言ったのだよ」


 意味が分からず、ゴリドたちは互いの顔を見合わせる。

 そこに巨大な龍の尻尾が差し出された。


 真っ白な鱗に覆われた尻尾の先端が僅かに失われており、ピンク色の断面が覗いていた。

 驚くべき真実に言葉を失う六人を前に、切り口の肉が盛り上がり尻尾の先は見る見る間に元に戻っていく。


「龍の肉か。そりゃ旨い筈だ。娘に自慢したら、一生悔しがるぞ、アイツ」

「長寿な生き物ほど、肉が旨いと訊くけど本当みたいね」

「それなら長老たちも美味しいって話になるわよ、姉さん」

「まさか……そんな、その白い鱗に癒しの力は。でも……どうして……」


 興奮しながら声を上げる面々の中、サラーサ姫だけが一人声を震わせる。

 その有り様に、龍は楽しそうに語り掛けた。


「分かって頂けたかね、姫よ」

「もしかしてドロンコ殿、貴方の本当の名は――」

「推察の通り、私の名はマシロという。君たちのいう、この王国の守護竜でもあるな」



 彼らは、再び言葉を失った。



闇夜のつるはし亭名物メニュー"ちゃんこ鍋"

 "ちゃんと食える料理"をゴリドが聞き違え、"ちゃんこ鍋"の呼称で呼ばれるようになったオークの伝統料理。

 少ない具材を誤魔化すために、スープ仕立てにしたのが始まりだという。

 酒の肴によく合うので、黒小人族ドヴェルグ)の大のお気に入りになった。


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