第二十二話 三色丼 ~蛇・山羊・獅子~
木がいっぱい生えてる。
うまそう。
でも食べない。我慢する。
声がする。
入ったら危ないっていってる。
コワイのがいるよ。
コワイコワイって聞こえる。
死んじゃうよ。
食べられちゃうよ。
伝わってくる。
怖くて悲しいキモチ。
そうか。おかあさん、食べられちゃったのか。
やっぱりすごく悲しいよね。
だいじな人が食べられちゃうと。
大きくてコワイものがいるって伝わってくる。
ソイツのせいで、みんな困ってるって。
……………………お腹へった。
でもこの子たちは食べちゃダメだ。
僕を心配してくれてる。お婆さんといっしょだ。
だから食べちゃダメだ。
かわりにそのコワイのを、僕が食べてあげるよ。
僕は食べることしかできない。
それしかできない。
こっちかな。
ニオイがする。
お腹へってきたけどガマン。
もう少し、あとちょっと。
お腹がなってるけどガマンガマン。
だめだ、目が回ってきた。
でもガマン!
あ、石のフタが見える。
あの下からニオイがする。
あれがコワイんだね。
だいじょうぶ、僕が食べてあげる。
フタをどけてっと。
うわ、すごく生きがイイね。
緑色がすごくきれい。
では、ぱっくん。
もぐもぐ。ちょっとニガい。
ううん、すごくニガい。あとからニガミが来るね。
これはシシトウかな。
あ、シシトウはこっちだ。
金色でおいしそう。うん、このもじゃもじゃのとこがすごくアマい。
口なおしになってるね。
つぎは赤いアタマ。
こっちはカラい。舌がヒリヒリする。
ここでもう一度、緑だ。うん、カラいのが消えた。
なるほど、こうやって交互に食べるんだね。
一度に三つの味がたのしめる――さんみいったいのいっ品だね!
うん、うまい。
君はとてもおいしいね。
でもなんだか悲しいね。
嫌われるために、生まれてきたんじゃないのにね。
僕もたぶん君といっしょだ。
だからせめて、おいしく味わって食べるよ。
△▼△▼△
森の片隅では、ささやかな宴会が開かれようとしていた。
大きな葉っぱの上には、捕れたての川魚が山盛りになっている。
頑張って集めた杏の実や棘クルミに、掘ったばかりの蔦芋もある。
それに木の洞にできていた桃葡萄のお酒。
ふかふかの草が生えた小広場で、みんなが持ち寄ったご馳走を綺麗に並べる。
クルミの殻の杯が皆に行き渡ったのを確認した黒猫隊長は、乾杯の音頭を取った。
「今日、この日を迎えられたことに感謝するニャ」
くるりと振り返った黒猫は、大きく杯を持ち上げる。
「そして僕らの王様に乾杯ニャ!」
広間の中央でイビキをかいて眠る巨体に、皆が一斉に歓声を上げる。
「乾杯ニャァァ!!!!」
楽しい宴が始まった。
ゆっくりと食事をするのは、この森の妖精猫たちとって最大の贅沢だった。
これまでは復活したアイツが、いつ襲ってくるか分からなかったせいだ。
でも今はそうじゃない。思う存分、食べて遊んでそのまま眠っても良いのだ。
猫たちは思い思いの格好で、草むらに寝っ転がりながら舌鼓を打つ。
中にはお腹を見せて、油断しきった姿を晒す者さえいた。
昨日までなら信じられない行為だ。
そう。今日は何をしても、どんなに騒いでも許される。
上機嫌になった猫たちは、手を繋いでくるくると踊り始めた。
楽しそうにふざけ合う仲間を横目で眺めながら、黒猫は自分たちを救ってくれた王に杯を掲げてから口に運ぶ。
その背中が激しく叩かれた。
「ゴハッ、なんニャ!」
「いぇい。隊長、飲んでるかニャ?」
「……もう酔っ払ってるニャか、ジッタ」
「楽しいニャア。ニャハハハ」
ばんばんと背中を叩いてくるキジトラ猫に、黒猫隊長は呆れた視線を送る。
「だってニャ、やっと自由になれたニャ。飲みすぎるのも仕方ないニャ」
「普段も結構、飲んでるのニャ」
「今日はもっともっと飲むニャ! 王様万歳ニャ!」
ジッタの掛け声を耳ざとく聞きつけた猫たちが、一斉に集まってきて杯を持ち上げる。
「王様万歳ニャァァ!!!!」
そんな大騒ぎにも、王様は全く目を覚ます気配がない。
勢い余った一匹の子猫が、寝っ転がる王様の横腹にもふっと突っ込んだ。
そしてコロンと跳ね返されて、尻餅をつく。
それを見た大人猫たちは、どっと笑い声を上げた。
笑われたことで気を良くしたのか、立ち上がった子猫はまたも王様の横腹に挑む。
もふっコロン。
もふもふっコロン。
もふっコロコロン。
挑戦を続ける子猫の姿に、次第に周囲の笑い声は治まっていく。
代わりに彼らのヒゲがピンと持ち上がり、尻尾が左右に小刻みに揺れ始める。
「俺もやるニャァ!」
誘惑に負けた一匹が、王様の柔らかそうな横腹に全身を埋める。
そしてポンと跳ね返されて、ゴロンと草むらに寝っ転がった。
それが皮切りだった。
他の猫たちも次々と、灰色の毛に覆われた王様の体に体当りしていく。
跳ね返されては転がり、起き上がってまた繰り返す。
新しい遊びに夢中になったまま、妖精猫たちの宴の時間は賑やかに過ぎていった。
……………………。
………………。
…………。
……。
「それで、どうするつもりニャ? 隊長」
「これからのことかニャ?」
「そうニャ。うちらの役目は終わったニャ。今日からは何をしても良いニャ」
「……僕は王様に着いていくつもりニャ」
眠ったままの王様の体を見上げながら、黒猫はジッタの問いに答えた。
その王様のお腹の上では、ふわふわの毛をベッドにした子猫たちがぐっすりと眠っている。
「チビ達に聞いたんだが、王様は南の方を目指しているらしいニャ。僕は王様の手助けをして、少しでも御恩を返したいニャ」
妖精猫族の子供は感応力が高く、他人の思考を薄っすらだが読み取ったり逆に伝える力がある。
そのため森に入った旅人の心を読んで脅かしたり、逆に怖いイメージを押し付けて追い返すのは子供たちの役目であった。
ちなみに成長するにつれて、その力は薄れてしまう。
だがそれ以外にも妖精猫族には、手足の先が触れているものの重量をある程度打ち消す力が備わっていた。
その不思議な力を使えば重いものを軽々と持ち上げたり、あり得ないほどの高さまで跳躍できるなど、小さな見た目からは想像もつかないほどの有能ぶりを発揮する。
彼らでなければ破壊不能の合成魔獣を、この森にずっと留めておくのは不可能であっただろう。
「ふむふむ、いつ出発するニャ?」
「王様が目覚めたらかニャ」
「じゃあ早い内に荷造りだけでもしとかなニャいと」
「ジッタは森に残っても良いのニャ」
その言葉にキジトラ猫は、黒猫の背をばんばん叩く。
「隊長だけだと、不安なのニャ。うちもついて行ってやるから安心するニャ」
そういって返事を聞かずに踵を返したキジトラ猫は、急いで荷物をまとめに広場の横の樹につくられた寝床へ向かう。
なぜかその後ろを、猫たちがぞろぞろとついてくる。
「ニャ! みんなも一緒に行く気ニャ?」
「そりゃ、王様が行くならどこまでもついていくニャ」
「当たり前ニャ」
「新婚旅行の邪魔をして悪いニャ、ジッタ」
最後の一言に顔を赤くしたジッタは大声で叫ぶ。
「そんなんじゃないニャいニャァァ!!」
妖精猫族
後ろ足だけで立って歩く猫の種族。成猫でも大きさは、人族の大人の腰の高さほど。
だが様々な異能の力を持つなど、その生態は謎が多い。種族の長は、"猫の王様"と呼ばれる。
見た目は黒、キジトラ、三毛、灰毛と様々だが、どの猫も手先と足先だけは白毛に覆われている。




