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王子様の教育係、承りました! ~純情で腹黒な宰相閣下の策略から始まる溺愛、実は重い。すごく。~  作者: 有沢真尋@12.8「僕にとって唯一の令嬢」アンソロ
第七章

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旅は道連れ

「鉄道、最近ですよね。以前だと馬車で三日はかかるイメージでした。鉄道だと乗り継ぎがうまく行けば、一日で着くのでは」


 ブルー・ヘヴンへの道中、汽車のボックス席で発車を待つ間、ジュディは感心して向かいに座るステファンへと声をかけた。

 いつも通りに、流行りのスーツをその長身にさらりと着こなした美貌の青年は、窓の外の駅舎にちらっと目を向けてから、笑顔で応じる。 


「そうなんです。かなり便利になりましたよ。いざという時に、バードランドとも行き来がしやすくなったと思います。仕事に休みが無いので、里帰りは本当にいざという時かと思いますが」


 そう言いながら、ジュディへと視線を滑らせて「そのドレス、よくお似合いです」と自然に褒め言葉を口にした。

 ジュディもまた、普段と変わらず動きやすさ重視の絹タフタのドレスを身に着けていた。ただし宮廷仕様に自分で用立てた地味な色合いではなく、この日に間に合わせて仕立てたもので、色味は爽やかな忘れな草色フォーゲットミー・ノット

 耳には、花をかたどったイヤリング。

 ステファンはジュディの耳元に目を向けて、にこりと微笑んだ。


「それ、閣下からの贈り物ですね」


 指摘されて、ジュディはそっと指で触れつつ、頷く。


「よくおわかりですね。お買い求めになる際に同行なさったんですか? すごく可愛いです。もしかしてステファンさん、流行りや贈り物にお詳しそうですし、閣下に助言をなさいましたか?」


 こういう分野はガウェインよりステファンの方が詳しいのだろう、と漠然と思っていたので素直に聞き返してしまった。

 ステファンは「とんでもない」と答えて、さもおかしそうに噴き出した。


「閣下がご自分でお選びになったのだと思います。ドレスに合わせて選んだとか、何か言い訳しながら渡してきたのでは? 忘れな草モチーフだなんて、さすがに重いなあ。閣下らしいです」


 実はその花が何かわかっておらず、可愛いお花だなくらいに思っていたジュディは、そこまで言われてガウェインの心情にようやく気づき、あわわと顔を赤らめた。


(全然気付いていませんでした、すみません。出掛けに、とてもさりげなく差し出してきて、手ずからつけてくださったので……!)


 完全に言い訳であるが、ジュディ本人は鏡でちらっと見ただけで、手に取って見ていなかったのだ。後でじっくり見てみなければ、と心に留めておく。

 二人が会話している間、フィリップスはぼんやりと窓の外を見ていた。

 やがて、発車のベルが鳴り響き、振動が椅子から体へと伝わってくる。ジュディはフィリップスへ、控えめに声をかけた。


「フィリップス様、体はお辛くないですか?」


 大事なかったとはいえ、怪我で数日寝込んだ後だ。万全とは言い難い。

 アルシアに会いにいく案は、フィリップスからの申し出とは聞いているが、やはり心配だ。


「べつに。せっかくの機会だ、王都を離れてのんびりしてくるさ。温泉にでも入って」


 それだけ答えると、フィリップスは目を閉ざしてしまう。

 ジュディも深追いはせずに、話を切り上げた。


 王子が別人に入れ替わった件は、新聞各紙が報じなかったことで、世間的にはあまり話題にもなっていないらしい。

 夜会の場では多数の目撃者がいるのだが、その噂話が庶民にまで広がるためにはメディアの力が物を言う。そのメディアが黙殺を決め込んでしまったことで、奇妙な空白が生まれてしまったのだ。


(書き記されない物語は、大切な出来事ではなかったと、人々から忘れられていく。ものの十年で風化し、後世においては「この時代の不可解な噂のひとつ」として、資料も乏しいからと、解明困難な事象に……)


 ガウェインの見立てによれば、宮廷内でも考えは割れているのだろう、とのことだった。

 この件は、王妃の暴走であるとして受け入れがたいと難色を示している者。あるいは、沈黙をもって周囲の出方をうかがっている者。王妃とジェラルドにすでに取り入っており、積極的にもみ消しをはかっている者。


 ――簡単なことです。この先、議会にあげて、議事録に残します。それを改ざんしたり隠蔽したりすることは、たとえ王室であれできません。口出ししてきたらそのときは、相手が誰であれ「国制に違反する行為」として返り討ちにして首まで取ります。当然ですよ。


 その言葉の意味するところは「たとえ国王が相手でも」である。

 いまや反王妃、反王子の急先鋒とみなされているであろうガウェインは、己の役回りについてそのようにジュディに説明をしてくれた。


(やると言ったら、絶対にやる方のはず。そちらは心配ないとしても)


 いくら周りがお膳立てをしても、大切なのはフィリップスの気持ちだ。一時期ほど精神的に弱った部分は見せなくなったが、その心がどれだけ傷ついているのか、傍から見てわかるものではない。

 復帰の道があったとして、それは彼の人生において幸せな生き方につながるのか。本当に必要なことなのか。

 未来は誰にもわからない。


 三人が黙り込んだことで、いっとき辺りが沈黙に包まれる。その空気を払うように、ステファンが柔らかい口調で言った。


「ブルー・ヘブンは温泉施設も良いんですが、少し足を伸ばすとフェアリープールという水色すいしょくの美しい滝と透明度の高い湖があるんです。星降る夜にこの湖に映る星を見ると、妖精が願いを聞いてくれると言われています。恋人と見ると、一生仲睦まじく添い遂げられるという噂もあります」


「素敵ですね。もし時間があったら行ってみたいです。あっ、でも夜の時間帯は危ないんでしょうか?」


 話を振られたので、ジュディは乗った。

 それだけなのに、ステファンには「閣下と一緒じゃなくて良いんですか? このメンツで行きますか?」と笑顔で選択をつきつけられ、むむ、と口を閉ざすことになる。

 気に障るほどではないが、ほんのり意地悪をされているように感じるのはおそらく気のせいではないはず。


(「早速閣下を忘れていませんか?」の意味でしょうか。そういうわけではないんですが……。ステファンさんは閣下の腹心だから、私の存在が閣下の弱点にならないか、とても気になさっているのよね。認めてもらえるよう、努力あるのみだわ)


 普段の会話でもボロを出さぬよう、気を引き締めていこう。

 ジュディは決意を新たにする。

 そのとき、頭上で大きな声が響き渡った。


「いたいた! いや~、間違えた車両に乗ってしまって、探しましたよ。合流できて良かった良かった。このままブルー・ヘヴンまで別行動だったら、なんのために行かせたかわからないって、閣下から大目玉だ。ははっ」


 雷鳴が轟くがごとく。

 見上げると、ずいぶんと上背のある男性が目の前に立ちふさがっていた。


「ラインハルト。……閣下が?」


 ステファンが、珍しく機嫌を損ねたような顔で、相手を睨みつけている。

 まったく動じた様子もなく、その隣の席に大きな体を無理やりにすべりこませながら、男はジュディに向かって名乗ってきた。


「宰相閣下の侍従武官、ラインハルトです。この旅で奥方にもしものことがないよう、同行するように仰せつかりました。なにとぞよろしくお願いします!」


 ひとりしか増えていないのに、一瞬にしておそろしく場がにぎやかな空気になった。

 その騒々しさを疎ましがっているように、ステファンは横を向いて小さく息を吐きだしていた。







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