義兄の仕事
「宰相閣下、未来のマイブラザーがとんでもないことを言い出した」
王宮内の宰相の執務室にて、アルフォンスは大げさに天を仰ぎながら言った。
「ブラックモア子爵。いえ、お義兄さま。これは決して、とんでもないことではございません。必要なことです」
アルフォンスを丁重に出迎えて、ソファへと案内して向かい合って座ったガウェインは涼しい笑顔で応じている。
非の打ち所のないその美貌を胡散臭そうに眺めて、アルフォンスは吐息した。
呼吸を整えて、ガウェインから持ちかけられた相談事の中身を自分の言葉で並べ立ててみる。
「新たなクラブの創設、とな。それはつまり、科学や文学の分野で名高い人物や芸術家と、そういった人物を後押しする財力と精神的な余裕を持った貴族や富裕層が一堂に会する場を独自に用意するっていうことだろう? 入会にあたり、会員の選抜には厳しい基準を設ける。しかもバカ高い入会金と会費を設定して、贅沢なクラブハウスを用意し、貴族の屋敷で執事の経験があるような召使を雇用して、上等な食事や飲み物を提供する。なお、女性の立ち入りは不可。完全に紳士たちだけの社交場」
にこにこと聞いていたガウェインは「その通りです」と爽やかに言った。
「コーヒーハウスはもはや過去の流行となり、最近ではより贅沢で、特別感があり、緊密な情報交換のできる場の必要性が高まっています。身元の確かな紳士が世話役となり、私財を投じてでも作る価値はあると私は考えています。ですが、私は少々政治的に難しい立場なので、表立って名を出せば会員にかなりの偏りが生まれることでしょう。それは望ましくない」
すらっと口にされた内容を耳にして、アルフォンスは「はーっ」と何度目かの大きなため息をついた。
言っていることは、徹頭徹尾すべて正しい。クラブハウスの勃興期に、他の追随を許さない一流のクラブを作ってしまうというのは、実行できる財力や人脈があるならぜひともやるべきことだ。
しかしながら、本人が言っているように、ガウェイン・ジュール侯爵の名前が前面に出るのはいささか問題なのである。
ガウェインは、さらに念押しをするかのように話を続けた。
「ヴィヴィアン嬢が『金曜会』に目をつけていたのは、さすがだと思いました。出入りを許されるだけで、社交界で一目置かれてある種のステータスになる夜会です。ただし、こういった貴族的な文化はいつまで続くかわかりません。ですが、紳士のクラブはきっと時代を超えて生き続けます。百年でも、二百年でも」
独特の輝きを放つ、金色の瞳がアルフォンスをまっすぐに見つめる。
目を逸らすこともできずに、正面から受けてアルフォンスはへらっと笑った。
「二百年も過ぎたら、きっと女人禁制には異を唱えられているだろうさ。でもそこは、譲る気はないんだろ?」
ええ、とガウェインは首肯した。
「無いです。徹底的に、男性だけの社交場とします。紳士たちがそこへ行くのはあくまで社交のためであり、不倫や浮気の心配がないというのはその奥様や恋人には重要なことです。その場へどうしても入り込みたいと主張する女性は、私には理解できない存在ですね。各界の有力者とのコネクションが欲しいのなら、自分でその方法を考えるべきであり、他の誰かが作り出した貴重な場にタダ乗りをするべきではない」
理路整然と言うガウェインに、アルフォンスは感心してしまう。
アルフォンスが接した感触として、ガウェインには女性を軽視するところがない。一方で、女性だからという理由で厚遇する気もまったく無いのだった。
「言っていることは、わかる。爛れた出会いの場ではないと胸を張って言えるのなら、紳士たちも通いやすいだろう。もちろん女性の中にも優秀な人材はいるだろうが、そういった人物との意見交換はクラブの外で行えばいいだけのことだ」
「はい。極力例外は作りたくありません。作家や芸術家も迎え入れたいとは考えていますが、女性著名人から『そこで刺激を受けたい』と言われるのは、私は認められません。そういった場を別に作れば良いのであって、クラブをあてにされるのは違う」
その一線は守ると真面目な表情で言い切った後で、ガウェインは破顔した。
「この件、以前から考えていまして、資金繰りに関しては目処がついています。後は表向きの発起人ですね。ブラックモア子爵」
名前を呼ばれて、アルフォンスは苦しげに胸に手を当てる。
「どうだろう。たとえば、うちの親父殿というのは」
「リンゼイ伯爵は素晴らしい方ですが、長くその任についていただくなら現時点で若い方がいいです。ブラックモア子爵? いかがです?」
笑顔で押し切るつもりらしいガウェインに、アルフォンスは両手を上げて「少しだけ考えさせてくれ」と告げた。




