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ダイブ・インザ・ブルー

 女子供が運ばれてゆく船着場に、川舟が何艘か並んでいるのに嫌な予感がした。船舶というのは大量輸送に向いているが、ある程度の物量と頻度がないと効率的ではない。ほんの少し前までは水も枯れかけていたのだから、前もって計画されたとも思えない。陸送しようとしていた分まで船での輸送に切り替えたか。エルデラとの水脈再生計画が裏目に出たかな。

 複数の川舟を使うほどの積荷というのは、何なんだ。


「<クール・スライム>、間に合いそうか?」

“だい、じょぶぅー!”


 他の敵を殲滅した<ワイルド・スライム>たちも、<ハーピー>と<クール・スライム>組の加勢に回る。


“みぃっけたぁーっ!♪”


 船着場にいた兵士たちが、ブラザーたちの突進を受けて次々に撥ね飛ばされる。トラックにでも激突されたような吹っ飛び方だが、即死していないのはスライムの柔らかボディのお陰か。

 水に落ちた兵士は必死に泳ごうとするが、水中の何かにビチビチと(たか)られてもがきながら沈んでゆく。水面に血が広がり、激しい飛沫に掻き回される。


「ちょッ⁉︎ マール、あれ何?」

“モグリナマズ、ですね。十五センチ(ソーニム)くらいの魚ですが”

「人を襲う?」

“正確に言うと……腹を喰い破って、生きたまま臓腑を食い散らかします”


 ちょッ、え? それ魚? 魔物じゃなく?


“小さいですが、この地域では魔物よりも恐ろしい魚と言われています。服を着ていても裾から潜り込んで、穴という穴から……”

「もういいです聞きたくないです御免なさい」


 超高速で飛行していた<ハーピー>が高々度で翼を翻す(バンクする)。そのまま翼を畳んで急降下。上空数百メートルからの加速度付きで、両腕に抱えていた<クール・スライム>を振りかぶった。


“いっくよー”

“おー♪”

「へ? ちょ、大丈夫かそれ……」

“たああぁーッ!”


 全力で投擲されたクールな青いボディは流線型になり、さらに細く鋭い槍型になって速度を増す。敵目掛けて真っ直ぐに落ちてゆく。まるでサイレンみたいな甲高い笑い声を引きながら。


「助けてーッ!」

“たぁすけるぅーっ!”


 どすんと着弾した<クール・スライム>は指揮所と思しき天幕を押し潰し、血と肉片を振り撒きながら跳ねる。そのまま空中で放射線状に水滴を発射した。ショットガンのような攻撃を受けて周囲の兵士たちが吹っ飛ぶ。全方位に無差別攻撃を加えたように見えて、運ばれていた一般人に被害はない。


“<クール・スライム>の固有能力、水弾ですね”

「すげ」


 敵襲を察知して向かってくる兵士たちがバタバタと倒れる。転がった身体は腰や首で分断されていた。


“いまのが、水斬です”

「お、おう……」


 その後は向かってくる敵もなく、<クール・スライム>たちは流民少女たちを拘束していた縄やら枷やらを外して回ると、ポヨンポヨンと跳ねながら水辺に向かってゆく。そこで並んで浮かんだまま動かなくなった。


「あれ? どうしたんだ?」

“おそらく水切れです。給水中なんでしょう”


 なるほど。能力は凄いけれども、それが水辺でしか発揮できないというのは本当らしい。


◇ ◇


「すまぬ」


 新規流入した流民の収容と環境整備を行っていると、なんでか姿を見かけなかった美少女<水蛇(ハイドラス)>のエルデラがコテージに訪れ、俺に頭を下げた。


「すまんって、何が?」

「ウチの問題にお主らを巻き込んでしもうた」

「そう? いや、<ワイルド・スライム>と<クール・スライム>が大活躍で何も問題なかったよ。<ハーピー>たちも手を貸してくれたし」


 流民の発生にせよ、その安全が脅かされたことにせよ、責任の所在を問うならばアーレンダイン王国やモノル帝国だ。彼女が謝ることではない。中西部エルマンエイルの水源はエルデラが主体となって再生を始めているから、その一帯が自分の管轄と考えていているのかもしれん。


「いや、お主に手間を掛けさせるのも筋違いと思うてな。ウチが動いた結果が、これじゃ」


 ……ん? ちょっと待て。エルデラお前、何した。


「近隣の小舟を集めて、逃げ遅れた女子供を運ぼうとしたんじゃ。それが第一陣を送るのに手間取っておるうちに、後続を帝国の阿呆どもが奪いよってからに……」


 うん。それはエルデラのせいだな。

 でも極論を言えば、だ。流民がどうなろうと知ったことではない。本来は俺たちが干渉する問題ではないのだ。救う義務もなければ、助ける義理もない。いま動いているのは、基本的にエルデラの心情的理由としてだけだ。

 こういうタイプには、どう返せばいいのかな……。


「エルマンエイルを、エルマール・ダンジョンの属領にするつもりなら。それは、お前だけの問題じゃない。そこから得られる“外在魔素(マナ)”と“体内魔素(オド)”、その供給源の確保も含めてな」

「……しかし」

「自分の問題として処理しようとして、持て余した結果がこれだろう。お前が早く決断していたら、問題は起きなかった。被害も手間も少なくて済んだ」


 とはいえ、今回に関して言えば被害は敵方にしか出ていない、はず。

 ちょっと前に、エルデラから喝を入れられたとき。俺は少しだけ反省した。残念ながら、自信を持つのも積極的指導力を持つのも無理だとは思うが。せめて仲間たちには正直に接しようと。必要なら頼り、頼られたら応えようと思ったのだ。

 エルデラの場合は、俺と違って真面目さや責任感や基礎能力の高さが空回った結果なんだろうけれども。助けを求める判断の遅れが、いまの惨状を産んだ。


「もっと部下や仲間を頼れ。俺もそうする。上に立つ者が何でも自分でやろうとすると、周りが成長しない。エルマール・ダンジョン全体の未来につながらない」

「面目ない。返す言葉もないわ」


 エルデラはショボンとして頷く。俺の言葉で彼女は反省しているようだが、実はブーメランとして俺自身にも刺さっている。と言うか、むしろ俺のほうがダメージがデカい。


“メイさん、流民たちがダンジョンまで到着し始めました”

「ありがとう、マール。死傷者はいるか?」

“いいえ。いまのところ、栄養状態以外に大きな問題はなさそうです”

「よかった」


 エルデラ本人には反省点もあったかもしれんけど、これは結果オーライかな。

 ホッとしかけていた俺に、マールがサラッと告げる。


“ただ、多すぎて島に入り切れません”

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