ワイルド・インフリンジメント
「マール、エルマンエイル周辺で対応可能な仲間を表示してくれ」
“了解です”
<半鳥女妖>ガールズから襲われている流民たちの位置情報を聞いて、最寄りの<ワイルド・スライム>たちに通達する。高速移動と短距離の転移能力を持つ彼らなら、自力で即時到着が可能。実力も攻撃精度も性格も申し分ない。子供を追いかけ回している<猪頭鬼>たちと、荷車を襲っている盗賊たちのところには、それぞれ近くの<ワイルド・スライム>に向かってもらった。
「ブラザーたち、頼む!」
“おー!”
“もう、すぐー!”
モニターに映る盗賊どもは、縛り上げた流民たちの身体を怒鳴りながらまさぐり、殴りつけている。着衣のなかに隠している金目のものを出させるためか、仲間の居場所を吐かせるためか。手入れの悪い山刀は赤錆び、着衣にも血を浴びたような染みがある。それを見る限り、おそらく被害者を生かしておく気はなさそうだ。
一方で、水場が得意な<クール・スライム>は、水上・水中以外での移動能力がそれほど高くない。ダンジョンの水路は地下水脈と繋がっているものの、かなりの迂回が必要なのでダンジョン内にいた<ハーピー>たちに輸送をお願いした。ガールズひとりにつき<クール・スライム>を二体ずつ、小脇に抱えて飛び立つとあっという間に外に出て上空へとグングン加速してゆく。
モニターを見ると、水脈が蘇って水量が増えた河川のひとつで、女子供を捕まえている兵隊たちが映っていた。すぐに殺す気はないようだが、襲いかかるのは時間の問題のように見える。
“ますたー、まもの、はっけーん!”
“こっちもー、とーぞく、はっけーん!”
◇ ◇
「こんなとこにオークがいるなんて、聞いてないぞ!」
痩せこけた男女の子供が七名、周りを囲もうとする<オーク>に武器を構えながら震えていた。武器と言っても拾った棒切れや石塊、こんなもの<オーク>どころか、ウサギも殺せないのは明白だった。もし剣や槍があったところで同じことだ。相手は身の丈が三メートル近い筋肉の塊、そんなものが四体も現れれば王都の衛兵でも敵わない。子供など、何人いようとただのエサでしかない。
すぐに襲ってこないのは、武器を警戒しているわけじゃない。ただ怯える様を、楽しんでいるだけだ。
「グォオオオォ……ッ!」
勝ち誇った威嚇の咆哮が、ビリビリと空気を震わす。それで流民の子たちに残されていた勇気も希望も、すべて粉微塵に消えてしまった。年小の子などは、あまりの恐怖に漏らしている。
「もうダメ……! あんな夢みたいな話、信じたあたしがバカだった!」
「おい、あきらめるな! 聖獣様のお告げを、聞いただろ⁉︎ 楽園はある! きっと、あ……るふぁッ⁉︎」
ビチャビチャと水音がして、いきなり周囲は静まり返る。血腥く生温かい粘液を浴びせられ、子供らは棒立ちになって固まった。同じく棒立ちになっていたオークたちの巨体が揺らいで、ゆっくりと倒れ始める。
「うへぇッ⁉︎」
「おまたせぇー♪」
にょるんと球形になった<スライム>の群れが声を発すると、子供たちは思わず悲鳴を呑み込む。
魔物に襲われて魔物に救われる、などという状況を頭が理解しない。見慣れない緑の<スライム>が発する人懐っこい声に励まされ、子供たちはエルマール・ダンジョンまでの残り数キロメートルを這うようにして進み始める。そこまで行けば食べるものも、飲み水も、家も仲間も、楽しい未来もあるんだと言われて。
誰もが、それを信じたわけではない。否定しなかったのは、その希望を捨てたら心が折れそうだったから。それだけだ。子供たちは、ただ黙って歯を食いしばり必死に足を動かす。
そんなものが、本当にあるとしたら。そこはダンジョンではなく天国なのではないかと思いながら。
◇ ◇
「ちッ、しけてやがんな」
盗賊の頭は歯を剥いて嘲笑った。苦労して待ち伏せてようやく荷車を襲ったは良いが、手に入れたのは銀貨が二枚と銅貨が七枚だけ。あとは乾いたパンと萎びた野菜、古着と鍋とガラクタの入った木箱。金目の物もカネになりそうなものもないが、荷車を引いていた痩せ馬と、荷台にいた娘は少しは役に立ちそうだった。
「もう良いぞ」
盗賊の頭が言った。どこへでも行け、という仕草で手を振るのを見て、縛られ転がされていた男は荷台の娘に目をやる。盗賊たちは当然のように彼女を手放す気はないらしい。娘を置いて立ち去ることなどできないが、食い詰めた元農夫でしかない自分には抵抗することもできない。
男が迷ううちに、盗賊はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべ始めた。
「なんだよ、このジジイ。良い趣味してやがるな」
「ああ、大したゲス野郎だぜ。自分の娘が喰われるのを、そんなに見てぇか」
「た、たす、助け……」
恐怖で固まっていた娘が、消え入りそうな声で助けを求める。すがるような視線に、男は必死で身を起こそうとする。笑いながら見下ろしていた盗賊たちが、つまらなそうに刃物を振りかぶった。
「死ねよ、ッぼふぁぷ」
「ぷひゅ」
「とーぞく、ななにーん♪ いま、ごにーん♪」
「「な」」
盗賊の頭と、流民に落ちた男の声が重なる。
「よーん♪ さーん♪ にー♪」
直前まで勝ち誇った顔で立っていた手下の盗賊たちが、次々と不思議な顔で首を傾げるのが見えた。その首は、なぜか倍近くも伸びて顔は後ろ向きになっている。キョトンとした表情で頭を見ながら、何か喋ろうとしたまま膝から崩れ落ちた。
首を捻じ折られたのだと、そのときになってようやく気付いた。何かとてつもなく速く、信じられないほど強力な力で。
「そー、だいじょぶー♪」
嬉しそうな声に振り返ると、緑色の<スライム>が見えない誰かと話していた。
「いま、ひとり……はい、きえたー♪」
そう言って身体をひと振りすると、盗賊の頭もまた首が捻じ折られて死んだ。あまりに楽しそうな姿に、男は思わず血の気が引く。
「きみたちー、るみーん?」
男は固まったまま動けないが、ひと足早く硬直から立ち直った娘はカクカクと痙攣するように頷く。
敵であれ味方であれ、盗賊を瞬殺するような魔物の気分を害することなど自殺行為でしかない。
「わッ、……わたし、たちも、こ、殺す、の⁉︎」
「なんでー? えるでら、まってるよー?」
くりんと身体全体を傾けて怪訝さを表現した<スライム>の姿に、娘は強張っていた肩の力を抜く。
「えるでら、って?」
「えーっと……なんか、しろーくて、にょろーんってなった、おんなのこ?」
何の話かわからないが、エルマール・ダンジョンに行けば、そのエルデラなるひとが流民を引き受けて生活の面倒を見てくれるのだとか。本当か嘘かわからない。でも彼らには、他の選択肢などなかった。
「さあ、いこ?」
「……うん。……あの、よろしく」
「あいさー♪」
◇ ◇
コンソールの画面で確認しながら、迷ってたり困ってたりする流民を発見しては最寄りのブラザーたちを派遣、救援や誘導を依頼する。
荷車を襲っていた盗賊は仕留めた。子供を食べようとしていた魔物の群れも殲滅した。動けなくなっていた老人も運んでもらった。
残るは、女の子を捕まえているという兵隊。なのだが、改めて見ると案外その数が多い。規律が乱れた末端の兵が略奪に走っているのではなく、そこそこ組織的に動いている。
前にも、山間の村を襲う兵士たちは見た。家畜や作物や女性を集めていた。まるで流民だと思った兵士たちの印象は、あのときと同じだ。
「マール、あの兵隊って……例の、懲罰部隊じゃないかっていう奴らか?」
“はい。正面戦力として配置できる練度ではありません”
これだけの数と範囲って……帝国が略奪専用に編成した部隊、なのか?
ウソだろ、この状況で⁉︎ 国境を越えて侵略してきて、最優先事項が略奪なのか⁉︎
「……この世界、思った以上に終わってんな」
俺はモニターに映し出された物資の山を見て、小さく溜め息を吐いた。
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