フルーガル・モデレイター
神獣ガールから喝を入れられた俺は、他人事みたいな顔で冷笑するのを止めた。いずれ訪れるであろう敵や攻略者たちに備えて。我らがエルマール・ダンジョンを守り鍛え発展させ、さらなる高みに導く覚悟を決めた。出来ようが出来るまいが関係ない。やるのだ。
自分が、このダンジョンの旗印に。精神的支柱に。そして魂の契約当事者に、なっているのだと教えられたから。
「マール、六階層の水場は?」
“数を二倍に増やして、分布密度も調整しました。水質と衛生状態、棲息する魔物や動物は<レッド・スライム>が管理してくれています”
<レッド・スライム>というのは熱に強く乾燥に耐える。あくまでもスライムのなかでは、という注釈付きだが。彼らの視界共有による水場の様子は、機能制御端末の画面に映し出されていた。
オアシスのような場所で、<砂漠大猫>の親子が、並んで水を飲んでいる。その他にも草食動物っぽい生き物が大群で移動しているようだが、何なのかはわからん。
「あのいっぱいいる鹿みたいなの、なんかの魔物?」
“槍角羚羊ですね。レイヨウの一種です”
魔珠を持たない、ただの動物らしい。砂漠の過酷な環境で、よく生きていけるな。
「あ、その角……」
“メイさん、どうされました?”
「いや、水がなくても平気なのかと思ったけど、そんなわけないよな。前に六階層を通ったとき転がってた骨が、そのゲムズボックだ」
“水源を嗅ぎ分ける能力は高いので、渇き死にしたわけではないと思いますが”
マールの情報によれば、砂漠の環境に特化していて粗食と乾燥に耐える。生存能力も高く、長く鋭い槍のような角で肉食動物や魔物も突き殺すのだとか。肉は美味しいというから、数の調整は<デザート・キャット>に任せよう。
俺がダンジョン・スキルで【生成】したものではないので、スライムたちが連れてきたんだろう。本来は温帯性気候のアーレンダイン王国に生息する生き物ではないので、他のダンジョンで捕獲したのではないかというのがマールの推測だ。
ブラザーたち本人にも訊いてはみたが、“わすれたー♪”と即答されてしまった。
「マール、これから五階層と七階層の調整を行う。それと三階層と四階層に、条件付きの抜け道をつけたい」
大規模な侵攻があったときは上層階の強者たちで対処してもらうが、ふだんは何でもかんでも三階層で止めずに、四階層やその下の層階にも流そうと思ってる。説明しようとしたが、その前に返答があった。
“脅威度の低い攻略者は下の階層に流して、マナの偏在を均してゆくのですね”
「うん」
マールの返答や対応が早くて的確になったな。本人には言わないけど。いきなり頭が良くなったわけではなく、冷却に不安がなくなってフル回転に躊躇がなくなったのだろう。いままでは、頭緩いフリしないと熱暴走、みたいな。
“三階層は地形が段付きになりましたが、低くなった外周部を抜け道にしますか? それともラウネちゃんたちの方で対応を変えてもらいます?”
「しばらく、三階層は迂回可能にする。抜け道と言っても、あの外周部は水を入れるだけで即使用不能になるしな」
エルマール・ダンジョンは上層から下層まで、水が流れている。そこに外在魔素を乗せて最下層まで届かせる方法も考えたんだけど、試算の段階で運用効率が良くないのに気付いた。自然蒸発による損失みたいな、計算外のロスが大きいのだ。結局はダンジョンに入った生き物の体内魔素を吸収して、外在魔素に変換するのが最も効率が良いようになっていた。この世界の常識なのか、ダンジョンのシステムに組み込まれたロジックなのかは不明。
“メイさん、五階層に移動されますか?”
「いや、状態は四階層でも確認できるから」
四階層の湖水を調整するため、いままでは五階層をジャングルと湿地帯にしていた。細かい設定は後回しにしていたから、ゲームのステージとして考えると足止め以外の機能がない状態だ。
その五階層、いまは余剰分の水をダンジョンの外に流しているので水没部分が減り、移動可能なルートが増えた。攻略の選択肢が増えたとも言えるが、地形もルートも考えられたものではないので効率性も安全性も不満が残る。
コンソールで地形の高低差を調整して移動ルートを再構成、小人数の冒険者なら通過可能だが軍隊規模なら沈没するように魔物と仕掛け罠とお楽しみ要素を配置した。
少し増えたダンジョン報酬点は、また使い切ってしまったが、出し惜しみはなしで今後の収入増に期待だ。
「マール、外の……軍の動きは変わりない?」
“はい。いまのところ、こちらに向かってくる様子はありません”
アーレンダイン王国に侵攻を開始したルスタ王国とモノル帝国だが、いまのところ利益確保を優先して金鉱のあるダンジョンや集落からの略奪に勤しんでいる。
両国とも正面戦力が薄く補給&輸送部隊が厚い編成を見る限り、現時点での目的は戦闘ではなく略奪だ。
俺たちのエルマール・ダンジョンは攻略難易度が無理ゲーな割に、得られるものがハッキリしないからな。後回しにしたい気持ちはわかる。できればそのまま放っておいてほしいが、潜在的脅威としては大き過ぎる。占領軍にとってメリットはなくともデメリットは大きいのでいずれ向かってくることは間違いない。
◇ ◇
“ねーますたー♪”
“いたー♪”
“いたますたー♪”
<半鳥女妖>の声がして、コンソールの画面に上空から映像を送ってきてくれる。なにやらその発見は群れでの成果らしい。複数から念話であれこれ説明してくれるのだが、これがなんとも姦しい。いや、楽しそうで良いんだけど。
「ああ、うん。いたって、なにが?」
“““いっぱぇるみなこっちてっく♪”””
「なんて?」
やたら早口で賑やかな上に声がみんな似てるから、混線してるみたいになって何が何やらようわからん!
「おちつけ、ひとりずつ」
“るみーん♪”
“いっぱい、いるー♪”
“えるまーる、くるよー♪”
画面に映し出された上空映像を見る。
森のなかを歩いてるひとたち。山を進んでる家族連れ。街道を行く、痩せ馬が引いた荷車。
言われてみれば、だな。移動も行動も少人数の単位だから、これが揃って同じ存在だという認識はなかった。
この国はもうお終い、となれば逃げ出すのは当然。隣国は受け入れてもらえないどころか絶賛侵略中の敵対国だ。そこまではわかるけれども。行き場がなくなった流民・難民・避難民の皆さんが目指す先、なんで揃ってエルマール・ダンジョンなんだ?
“““しんじゅーの、おつげ”””
俺の疑問に答えてくれた<ハーピー>のハモりコメントに、俺は思わず笑ってしまった。
彼女たちの位置を表示してもらうと、流民たちは壊滅した西領から来たようだ。かつてエルマンエイルと呼ばれていた王国の中西部の地下水脈を、俺たちはエルマール・ダンジョン四階層の水源とつなげた。“外在魔素”を延長してエルマンエイルを再生させ、再生後は育ったマナを利銀付きで返してもらうというエルデラの案だ。悪ぶってるけど慈愛に満ちたツンデレ神獣のことだ、苦境にある故郷の民を見かねて呼びかけたんだろう。ウチの子にならないかって。
拾ってきちゃった以上、彼女はきっちり責任持って面倒を見る。俺も元いたところに返してきなさい、なんてことを言うつもりはない。
「無事にたどり着けそうか?」
“はんぶん、くらーい?”
「え? 待て。もう半分は」
“とーぞく、にぐるま、おそってる”
“まもの、こども、たべようと、してる”
“へーたい、おんなのこ、つかまえた”
だよな。そらそうだ。流民が発生するような状況で、飢えてるのも苦しんでるのも一部の人間だけってことはない。社会全体が飢えて苦しんで、弱ければ弱いほど食い物にされるってだけだ。
「ブラザー、聞こえるか。頼みがあるんだ」
“““あいさー♪”””
「あれ、なんか声がリバーブ掛かってるけど」
“やまは、わいるど、すらいむ!”
“みずはぁ、くーるぅ、すらいむぅ!”
“あと、いんびじぼーも、いるよって、いってるー!”
「……ありがとな、みんな。よろしく頼む」
“““おまかせ!”””
すでに臨戦態勢のスライミーなブラザーズは俺の依頼を聞くことなく察して、たちまち流民救援作戦を開始した。
【作者からのお願い】
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