(閑話)業火の成因
「なんかさ、二重にイラッとするんだよ」
<クール・スライム>のひんやりボディを撫で回しつつ、俺はエルデラに向き直る。
「なにがじゃ」
「ちょっと力を手に入れただけの馬鹿どもが、自分たちの好き勝手に物事を進めようとするところ……?」
「そこは同感ではあるが、そんなもん人間でも魔物でも……言うたら、そういうもんじゃろがい」
「そうなんだよなー」
「なんじゃい、お主が何を言いたいのかサッパリわからんぞ」
だろうね。自分でもおかしいって自覚はある。俺は<クール・スライム>をぷにぷにと弄んで、エルデラに返す。
「二重ってのは、向こうから見たら俺も同じなんじゃねえか、ってことだよ」
「あ?」
「お仲間の成長と超常的能力に支えられて、俺自身なにかできるわけでも、やったわけでも、ましてや強いわけでもないのにさ。そんなのが偉そうな顔してダンジョンのマスターだなんて、笑っちまうだろ」
ゴスッと音がして、視界が揺れた。【物理攻撃無効】【魔法攻撃無効】で痛みも衝撃もないから、一瞬なにかと目を泳がせた。目の前で胸倉をつかむエルデラを見て、ようやく殴られたんだと気付く。
「……そうか、笑えるか」
さっきまで彼女が小脇に抱えた<クール・スライム>は床でこちらを見上げていて、エルデラと俺を心配そうに見る。巻き込んで悪いが、いまは構ってやる余裕がない。
エルデラは、俺の胸から手を離す。そのまま仁王立ちで、自分の腰に手を当てた。
「ダンジョンの魔物どもが、なんでお主を支えるか、わかっとらんようじゃの。ただマスターだから、だとでも思っとるのか?」
思ってたな。心のどこかで、ずっと。
ダンジョン・マスターなんてもんは何度でも誰とでも入れ替え可能な、ただの役割じゃねーかって、思ってた。
「王に忠誠を誓うのは政治的問題。指揮官の命に従うのは職業的問題じゃ。魔物がマスターを支え従うのはな、契約的問題じゃ」
「ちぎり?」
「心と身体を、“外在魔素”と繋げる。コアに“体内魔素”を注ぎ込む。お主の色に染まるということじゃ。お主が道を誤ればともに迷い、お主が死ねばともに朽ちる」
だから、もっとシャンとしろ、という話ならわかる。しかし、エルデラの意思表示はどうもそういう風ではない。カルチャーギャップというか、生き様の違いが大きすぎて気持ちのズレが補正し切れない。
「お主が何をどうしようと、どういう結果になろうと構わん。成功も失敗も、生きるも死ぬもマスターの器量じゃ。魔物は所詮、魔物じゃからの。どうしようが、それは好きにするがよいわ。ウチも含めて、覚悟の上じゃ。どうなろうと文句など言わんし、己が魂に刻まれた約定を違えたりもせん」
しかしの、とエルデラは顔を近付けてくる。神獣<水蛇>は、俺の目を覗き込む。その内奥にあるのが何か探るように、視線で俺を刺し貫く。
「その我らが全てを賭けると決めた主人を……お主を、笑うことだけは、絶対に許さん」




