アイソレーション
湖畔のコテージで、俺は機能制御端末を前に唸っていた。
創作はなんでもそうだが、最初からやり直したいと思う瞬間がどうしても出てくる。行き詰まったりリソースが足りなかったり、予期せぬ修正を強いられたり、要は意に沿わない結果が生まれたときだ。
俺の場合は、意に沿わない結果ではない。むしろ部分的には、望外の成功を達成している。問題はそれがあまりにも部分的なこと。そして冒頭に集中していることだ。
三階層と四階層の戦力増強ばかりが極端に進んでいる。その上、五階層は湿地とジャングル、六階層が砂漠という迷走&苦難ステージ。
コアを守るという意味では安泰なのだが。俺が攻略者だとして、攻略し甲斐があると思えるのは廃墟の七階層までお預けだ。モヤッとはするが、そんなことを言ってる場合ではない。仕事で行うクリエーションを、思い通りにやり直せることなどあり得ない。もう走り始めてしまったのだから、可能な限りのベストを積み上げてゴールを目指すだけだ。
心の隅で必要事項をリストアップしかけたとき、それより早くマールの声が頭に届いた。
“……メイさん、敵が動き始めました”
その硬い響きに、俺は目の前に複数展開されていたコンソールのモニターを見渡す。
「どの敵? ええと……これか」
コンソールの画面のひとつに、それらしきものが映っている。山間の村を襲っている兵士。戦闘部隊にしては装備も体格も動きも連携も貧弱で、革鎧を着せられた流民のようにしか見えない。
家畜や作物や女性を村の中心に集めて、略奪の成果を喜び合っていた。
“指揮官のみ帝国の正規軍ですね。あの兵はおそらく、懲罰部隊でしょう”
元いた世界にも似たようなものはあった。囚人や軍法違反者を集めた、使い捨てのならず者部隊。
それで他国を襲わせるって、ホントどこの勢力もクズばっかだな。
「ルスタ王国の軍はどうなった?」
俺は、ふと思い出してマールに尋ねる。
アーレンダインの王が殺される直前、ルスタ王国は国境の向こうに数千の兵力を集結させていた。帝国も同時期に侵略と占領を開始していたから、俺はエルマールの前で三つ巴の泥沼になるんじゃないだろな、なんて他人事のように考えていた気がする。
いまやアーレンダイン王国に、対抗するような軍事力は残っていない。最悪でも国外二勢力との二正面戦。正規兵との野戦を行う義理もリソースも意欲もないこちらとしては、上手く共倒れを狙って漁夫の利を得たいところだ。
“帝国軍は懲罰部隊が南領の一部を制圧、主力は南端クーラック・ダンジョンに向かっています。ルスタ王国軍は東端のルクソファン・ダンジョンに侵攻中です”
「え? 辺境のダンジョン? 中央領には来ないの?」
“ルスタ王国の特務部隊が王都に入ってましたが、主力は南領の領地軍ですね。メイさんに潰されて、わずかな生き残りが孤立しています。いずれ帝国軍に取り返されるかもしれませんが、両者ともそう熱心ではありません”
「なんで?」
“おそらく東西南北の四領の方が、王都より得るものが多いとの判断になったのでしょう”
マールが根拠として挙げたのは、王都までの距離と両国の状況だ。
帝都もルスタ王国の首都も、王都からは数百キロメートルはある。農業改革が行われたのが半世紀前。商業も工業も凡庸なアーレンダイン王国では、わざわざ運ぶほど値打ちのある物資はない。精製した金の保有量もさほどない。
むしろ経済の基盤を整えつつある新興国ルスタ王国が求めるのは、東端ルクソファン・ダンジョンにある金鉱山だろう。一方で老成した大国であるモノル帝国には既に金鉱山もあり金塊の保有も進んでいる。必要としているのは南端のクーラック・ダンジョンにある、この国で最大の穀倉地帯。
二国とも侵略の目的は、王都よりもむしろ辺境域の占領ではないかと、マールは考えているようだ。
「それじゃ、両国とも望むものを切り取れば侵攻は止まる?」
“少なくとも、ルスタ王国は。帝国は難しいかもしれません”
二国の違いは国内情勢だ。人民に圧政を強いてきた帝国で、派兵はガス抜きの意味もある。王に向きかねない怨嗟を逸らす先があれば、多少のリスクやコストは受け入れる。
逆に、新興国のルスタ王国にとって、王は飾りだ。実権を握る貴族たちの思惑と足並みは揃わず、示威と自己顕示には熱心だが誰もリスクを取ろうとはしない。
俺とブラザーが法務宮にいたルスタ王国の特務部隊を、南領の領地軍ごと叩き潰してしまったこともデカい。瀬踏みの段階で潰されたら、本国からの増援はやってこない。金鉱山さえ手に入れれば、むしろ手を引こうとするだろう。
「帝国も潰したんだけどな。ラウネたちが」
“法務宮で、メイさんは指揮官や文官を残してました。それで連絡は保たれたんでしょう。ですが、エルマール・ダンジョンの三階層では完全な殲滅です。先遣隊が情報なしに消息を絶った場合、本国がどう判断するかですね”
増援を向かわせるか、手を引くか。そこで出した判断が懲罰部隊による略奪って。意味わからん。
こっちの出方を探っているんだとしたら、それはそれで帝国の連中、やり口がエグいな。
「まあ、いいや。こちらは、いったん静観だな」
“そう長くは、掛からないと思います”
「俺たちに向かってくるまで、とかじゃないよな? 東と南のダンジョンがコアを砕かれるまで?」
“制圧されるまで、ですね。コアは砕かずマスターを隷属させるつもりではないでしょうか。ダンジョン・コアを破壊したら、資源の生産も止まってしまいますから”
なるほど。ダンジョンの隷属化か。ある意味、アーレンダイン王国はその先駆者だ。
内部に穀倉地帯が広がる南端クーラック・ダンジョンも、金鉱山がある東端ルクソファン・ダンジョンも、ともにダンジョンの等級はCだ。そこそこ長く完全踏破されず維持されてきたようだが、強力な防衛能力がある風ではない。リソースを生産に割けば、防衛は手薄になる。それは機能制御端末を触ってみるまでもない、単なる配分の問題だ。
“クーラックのダンジョン・マスターはギルベア、ルクファソンのダンジョン・マスターはファイテル。どちらも見たところメイさんと同じくらいの年齢で、武張ったところのない男性です”
ますます勝ち目はないっぽい。俺も、ひとのことは言えんが。
「お主、どうしたんじゃ?」
いつの間にやら、エルデラが横でこちらを見ていた。今度は全身白のショートパンツにボートネックのシャツというか貫頭衣というか、シャレオツながらも不思議な格好。バランスボールみたいに<クール・スライム>の上で揺れつつ、もう一体の<クール・スライム>を抱き枕にしてる。器用だな。
「いつから?」
「いまじゃ。戸口で声は掛けたぞ?」
「ぜんぜん、気付かなかった」
「悩みがある、というわけでもないようじゃのう。ほえーんとした顔をしよって」
どんな顔だ、それ。困り顔で笑う俺を、美少女<水蛇>のエルデラは真顔で見る。
「納得いかん、という顔じゃ。それが誰の何に対してかはわからんが……」
「何の話?」
“メイさんが、ひとりで何か抱え込んでいるのを心配しているんですよ。エルデラさんも、わたしもです”
言われて気付いた。たしかに、モヤモヤしてはいる。それは自覚しているが……そもそも俺自身、そのモヤモヤが何かわからん。それを話すと、エルデラとマールからは奇妙な沈黙が返ってきた。
ふぅと小さく溜め息を吐いて、エルデラは<クール・スライム>を俺の顔面に押し付ける。
「度し難い」
“ですね”
「ねぇー♪」
ぷにぷにの青いボディが、俺の顔をぐにぐにとこねくり回す。ブラザーに聞いた通りだ。口に入ったそれはちょっと酸っぱくて、しゅわしゅわして。なんだかラムネみたいな匂いがした。
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