神獣の悩み
「ああああぁ……」
「ますたー、なんで、ごろごろしてるー?」
「なんか似合わないことしちゃった上に、すげーグダグダになった恥ずかしさに身悶えてる」
「ん〜???」
湖畔のコテージに転移した俺は、一緒に戻ってきた<ワイルド・スライム>を抱き枕にしながら床を転がる。
根が素直なブラザーからは、不思議な生き物を見るようなリアクションをされてしまった。
「まあ、いいや。マール、エルデラはどうしてる?」
“いま、そちらに”
「邪魔するぞ」
「ぞー」
こちらも<ワイルド・スライム>を小脇に抱えて、エルデラが入ってきた。相変わらずリゾート地のお嬢様姿だが、ワンピースが白からリボン付きのクリームイエローに変わっていた。やっぱりこの子、お洒落なのね。
「お主が王都まで、宣戦布告に行ったと聞いてな」
「あー……うん。こっちに関わったら殺すぞとは言っといたけど」
「そのせいかはわからんがな。間諜と思われる流民はふたりとも、急に大人しくなりよったわ」
ふたりとも、どこか見捨てられたような落胆の表情だと言うから、間諜役には報酬なり使命感なりがあったのかもしれない。ガッカリするのは勝手だけど、問題はその後どうするかだな。
「ダンジョンから出て行きたければ、また裏口まで小舟で渡るのは簡単じゃ。おかしな動きをせんかウチが見張っておくが、身の振り方は好きにさせれば良かろう」
「ハエは?」
「もう問題ないぞ。なあ、マール?」
“はい。ダンジョン内の<叢貪小蝿>は、エルデラさんたちにより九十七パーセントが駆逐されました。王都に戻ったものが再度こちらに入った場合は、わたしの方で強制排除します”
「ああ、頼む。ウチもあれほどちっぽけな魔物は、よほど気に留めねば気付かん」
エルデラがコテージを訪ねてきたのは結果の共有もあるが、本題は流民への対応だった。
「あれからまた増えてな。いまは百六十七じゃ」
「前に来たときは、百ちょっとだったな。食料は足りてる?」
「ウチの“体内魔素”を注いで、森の実りを少し上げてやったわ。あとは魚やら貝やらエビカニやらも獲っておるし、お主が新しい島に置いた鳥とヤギも飼っとる。当面は心配なかろう」
捕まえやすくて卵を生む鳥と、飼いやすくて乳を出す獣。名前は忘れた。
“ちなみに、<彷徨丸鶉>と<雲毛山羊>です”
「マール、性能上がったら心を読めるようになった?」
“いいえ、会話の流れから察しただけです”
丈夫さと“体内魔素”供給源としての価値から、どちらも魔物を選んだ。
<マヨイウズラ>は鶏ほどの大きさの丸っこい鳥で、見た目はウズラと名古屋コーチンを足して二で割ったような印象。身に危険が及ばない限りは飛ばずに歩き回る。メスは平均して日に一、二個の卵を生むので採卵も繁殖も容易い。害虫や雑草を食べ、性格も温厚。おまけに肉も美味いという、ずいぶんと便利な鳥だ。
<クラウドゴート>は、名前こそヤギだが柔らかな毛がモコモコして羊っぽい生き物。繁殖力が高く、毛も肉も乳も採れるという、これも便利な獣だ。ウズラもヤギも、フンは良質の肥料になる。
「それにしても……あの湖には、ずいぶんと危ない生き物が多いのう?」
「……え? ああ、前に聞いたな。攻略に来た連中を襲う役割なんだっけか」
「だっけか、って……なんでマスターが知らんのじゃい」
「あ、はい」
有能すぎるブラザーたちが大量導入してくれた生き物は、数も種類も多すぎて俺は把握しきれてない。
マールとエルデラによれば、ホウジュマスとヒラウナギ、オオイワナは大型の食用魚として重宝されているようだ。クロシジミという大型の淡水貝、そしてカクレヌマエビという藻に棲む海老も流民たちの食料として人気がある。
そこまでは良い。
“モグリナマズとナキライギョも食用にはなりますが、油断すると逆に食べられますね。クロヅメドクエビは麻痺毒持ちなので、水中で触れると溺死します。トモグイガニは雑食性で、ハサミは人間の指くらい簡単にへし折ります。トビシャコは水面から跳ね上がって爪で弾いてくるんですが、ひとの頭蓋骨程度は砕きますので、当たりどころが悪ければ死にます”
マールの補足説明に、エルデラは困った顔で俺を見る。
「……ま、まあ本来はここ、ひとが住む想定じゃなかったからね」
「わかっとる。住まわせたのは、こっちの都合じゃ。お主らに文句は言わん。危ない生き物は、できるだけ島に寄り付かんようにさせとるしな」
「それじゃ、何か要望でも?」
エルデラは、神妙な顔でこちらを見た。なんでか隣で<ワイルド・スライム>がふたり揃って正座っぽい雰囲気を醸し出す。いや、ちょっとくらいの頼み事なら聞きますけどね。
「ここの環境に向いた<ブルー・スライム>も、<ワイルド・スライム>のように、 合成による進化を頼めんかのう?」




