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柔らかな蹂躙

「殺せ!」

「「「おおおぉッ!」」」


 シンプルな号令のもと、法務宮前の兵士たちは一斉に動き出す。

 量産型中年の威嚇など、軍人兵士には一顧だにされず。予想はしていたけれども、ちょっと寂しい。


「ブラザー、近付いてくるのだけ頼むね」

「おまかせー♪」


 建物の入り口を目掛けて走り出す。阻止するために歩兵が剣を抜き手槍を構えて迫ってくる。

 弓兵の放った矢が五、六本まとめて飛んでくるけれども、<ワイルド・スライム>の身体が収縮すると一瞬でキャッチされた。ひょいひょい手を伸ばすように、ブラザーは周囲へと超高速のジャブを放つ。近付く歩兵の意識を刈り取り、武器や装備を剥ぎ取ってゆく。速過ぎて俺には目視できない。何が起きたかわからないうちに、熱り立った兵士が失神し、そのまま半裸に剥かれてゆく。

 律儀に回収して収納しているけれども、エルマール・ダンジョンで兵士の装備など使い道がない。スライムな彼らにとっても人間用の装備など不要だろうに。


「ブラザー、それ、どうすんの?」

「ぴかぴかー、すきー♪」


 おお、動機もシンプル。それなら好きにしてもらおう。


雷穿槍弾(ピアシングサンダー)!」


 上空から攻撃魔法が降ってくるが、【物理攻撃無効】【魔法攻撃無効】を信じて走り続ける。外したのか無効化したのか、魔法による雷撃は俺たちが通り過ぎた後で味方の兵士を誤爆して消えた。


「がッ⁉︎」

「うぐぅッ!」

「べぅッ!」


 俺たちを止めようと立ち塞がった兵士たちは、目の前に現れると同時に呆気なく吹っ飛ばされ、あるいは白目を剥いて転がる。ブラザーの攻撃によるものだということはわかっていても、何がどうなっているやらサッパリ見えない。

 響く打撃音は重いが、血は見ていない。どうやら、半殺し程度で死なせてはいないようだ。


「殺さない方針?」

「きたないの、やー」


 血飛沫を浴びたくないからですか。ひょいひょい剥いでく武器や装備も剣や槍や金属甲冑だけで、衣服や軍用長靴は含まれていない。胸甲にくっついてきた上着は、邪魔そうにペッと捨てられた。

 もしかしてウチのブラザーたちって、潔癖なの?


「ますたー、いくよー?」

「おう」


 法務宮の入り口はバリケードみたいに建材が積み上げられていた。アーレンダイン王国側が防戦していたときの名残か、その後にルスタ王国側が築いたものか。何にしろ出入りは出来なさそう。


「そい!」


 建材は一撃で薙ぎ払われて、正面の両開き扉ごと奥まで吹っ飛ぶ。ムチャクチャすな。悪役の登場だよこれ。

 一階に入ると、血塗れの死体が転がっていた。奥で振り返った男たちの顔は、恐怖と絶望に歪んでいる。


「わ、我々は、こ、降伏、した! これ以上、危害を加えるなら……」

「いや、お構いなく。ルスタ王国の連中は?」

「……最上階の法務長官室、それか一階下の上級執務室に」

「わかった」


 服も身体もズタボロの男たちは、文官なのだろう。俺よりも戦闘向きじゃなさそうな身体付きをしている。負傷者の手当てをしていたようだが、俺たちを見送った後も固まったまま動こうとしない。


「もう逃げた方がいいぞ?」

「いいぞー?」


 返答を待たずに上階に向かう。途中にも戦闘の痕跡が血の跡とともに残っている。転がっているのは、武器とも呼べない掃除用具や椅子の残骸。壁の装飾用武器もいくつか減っているが、それで武装した兵士に抵抗しろというのは無茶が過ぎるだろう。

 侵攻当時、武官や衛兵がどれだけ詰めていたか知らんが、いまは静まり返って人影もない。


「なんか、きこえるー?」

「敵か?」

「ひとり、おこられてー、ひとり、わらってるー?」


 どんな状況だそれ。

 手ぶらも何だな、と俺は壁の装飾用武器から短めの剣を外した。装飾過多だが鉄製で、ちゃんと刃も付いてる。それを見たブラザーが、嬉しそうに巨大な戦闘用大斧(バトルアックス)を取った。


「行きますか」

「ますかー♪」


 階段を五階まで上がると、最上階に着いた。建物の外見はデカいのに階層数は少ない。フロアごとの天井が高いせいだろう。建築探訪が目的ではないので、気にせず声のする方に向かう。

 廊下に立っていた警備兵らしき甲冑のふたり組は、<ワイルド・スライム>のワイルドパンチが一撃で昏倒させた。倒れたときの騒音を気遣って、下からそっと支えるあたりさすがブラザーである。


「男爵家の三男が、子爵家に取り入り法務宮に潜り込んだ。目的は何だ?」

「カネですよ、もちろん。他に何があります?」


 何だよ、その会話。世間話にしては含みがありそうな内容だが、ちょっと急ぎなんで後にしてもらおう。

 開けようとしたが、ドアは施錠されていた。


「ブラザー、蹴破って」

「あいさー♪」


 いかにも重厚そうな扉はドガーンと吹っ飛んでバラバラに飛び散る。なかにいた男たちは、目を丸くしたまま固まっていた。

 誰、って顔したまま棒立ちの男は、たぶんこの国の文官。俺が何者か理解してなお冷静さを保っているのは、ルスタ王国の現場指揮官だろう。


「お話中、失礼」

「な」

「ひとつ苦情を伝えにきた」

「なんなん……がッ!」


 剣を抜いて向かってこようとしたゴツい男が、足を縺れさせて膝をつく。目にも止まらぬワイルドなKOパンチを喰らったのだ。だが男は頑丈なのか対抗手段を持っていたのか、そのまま剣を腰溜めに構えて突っ込んでくる。


「死ねえええぇッ!」


 殺意がブラザーの逆鱗に触れたのか、男の頭がグリンと回転した。捻じ切れそうなほど回った首は真後ろを超えて一周近く。男はそのまま崩れ落ちるとピクリとも動かなくなった。


「他に、何か言いたい者はいるか」

「……」

「けっこう」


 俺は固まったままの男たちを見て、話を始める。


「そちらの揉め事に興味はないし、殺し殺され奪い奪われる事情にも干渉しない。ただ、こちらを放って置いてくれればそれで良い。ダンジョン攻略がしたければ、いつでも誰でも歓迎するが、()()()は排除する」


 俺たちがハエを辿ってきたことは理解したようだ。文官らしき男も、俺の素性を知って静かに頷く。その反面、指揮官と思われる男の方は妙に目をキラキラさせ始めた。偉そうな顔の中年男が目を輝かせている姿は、正直かなりグロテスクだ。


「おお、では貴公がメイヘム迷宮爵か!」

「そちらの国が何と呼んでいるかは知らない。こちらに干渉するなと言っている」

「エルマール・ダンジョンのマスターには、是非とも会いたいと思っていた」


 おぅふ……会話が成立しないタイプか。制作系の会社に入ると、けっこう頻繁に出会う。良くも悪くも悪気はなく、ときに優秀さの裏返しだったりするのだから厄介だ。

 こいつは仕事相手じゃないから関係ないがな。


「警告はしたぞ。次に会うときは、貴様らが死ぬときだ」


 俺は念話でマールに声を掛け、【連結】でダンジョン四階層まで転移で帰還した。

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