ミニスター・オブ・ジャスティファイ
“すみません、城の座標が使えないので、近い位置に送ります。法務宮からは、少しだけ離れます”
「オッケー、後はブラザーとどうにかする」
“【連結】”
目の前に、瓦礫の山が現れる。前に来たとき登録した座標は王城内と敷地内だったらしいから、これは敷地内の方だ。敷地、というか城の周辺はもう完全に瓦礫に変わっている。
占領下とはいえ首都とは思えないほど人影も人の気配もなく、しんと静まり返っていた。
残骸に突っ込んだまま止まっている巨大なゴーレムの姿も見える。魔物や人間の死体は運び出されているようなので、重くて動かせなかったか、急ぎじゃないと判断したかだな。
衛生的にも心情的にも、ゴーレムならまあ、放置してもそれほど気にならない。
「ほーむきゅー、あれ?」
「ああ。城の近くにある、いちばんデカくてエラそうな建物だってさ」
間違えることはないとマールから説明を受けたが……前回ここに来たとき、そんなデカくてエラそうな建物を見た記憶はない。怒りで視野が狭くなってたし、城しか見えてなかったのかもな。
聞いた通りの建物はすぐに発見できた。前庭には武装した兵士たちが二十人ほど警戒に当たっている。周囲に遮るものもないので、俺の姿はすぐに発見されてしまった。
「止まれ!」
「それ以上、近付くと殺す!」
反応が早い。そして方針もシンプル。それも道理だ。いまの王都で法務宮に近付く者がいるとしたら敵しかいない。
「ブラザー、弓兵と魔導師がいるけど大丈夫か?」
「へいきー♪」
こちらも即答である。距離はまだ二十メートルほどある。相手が弓や攻撃魔法を使えば一方的に殺される距離だ。俺個人には【物理攻撃無効】と【魔法攻撃無効】があるし、ブラザーは冒険者ならAランクは確実な実力者。怖れるものではないが、面倒ではある。
「降伏しろ!」
俺は自分でも滑稽な方法に出る。結果的に挑発にしかならんと理解しながらも、兵士の一団に一方的な決断を迫る。
「我が名はメイヘム! Aクラスのダンジョン、エルマールのダンジョン爵である!」
「であるー♪」
◇ ◇
「……くだらん。これでは何もわからんと言っているようなものだ」
法務宮最上階の法務長官室。応接用の椅子にふんぞり返った男が、鼻で笑いながら報告書を床に撒き散らした。
目の前に立たされたままの中級官吏、イスラ子爵は無言のままそれを眺める。
反論はない。いまある情報を編纂して判断すると、何もわからんということにはなるのだ。問題なのは判断材料の不足であって、判断能力ではない。
性根まで捻じ曲がった法務宮の上級官吏どもに比べれば、ルイエ侯爵と名乗ったこの男は甘い。陰険な行為にも、演技と作為が透けて見える。
「自国のダンジョンの情報収集すらできず、我が国の密偵を使って調べた結果がこれとは。まったく、愚かな蛮族の国には呆れ果てるしかない」
長身痩躯のルイエは、長い足を組み替えて蔑みを露わにする。ルスタ王国から送り込まれた交渉役。もう滅びた国に交渉の余地などないのだから、アーレンダイン王国の占領統治を統括するための指揮官だ。
ルイエは南領の領地軍が法務宮を制圧し、安全が確保された後になって現れた。おそらく、南領伯の飼い主と呼ぶのが正しいのだろう。
「お言葉ですが、ルイエ侯爵閣下。件のダンジョンは異常です。最下級のEクラスからAクラスまでの成長に三週間ほどしか掛かっておりません。それは概算でも六百以上、千に近い数の命を喰らわねば成し得ない数値です」
そして、その数値を獲得するには、王都近郊の冒険者程度では明らかに計算が合わないのだ。ダンジョンに近付く者は冒険者も兵士も、侵略者も内通者も喰われているのだぞと、イスラは暗に訴える。
ルイエ侯爵は一瞥すらもしないが、指摘の内容そのものに反応も反論もない。雑な流し読みで放り出したように見えて、報告書の内容は把握しているのだろう。
「蛮族の国では、底辺貴族が高位貴族に直接話しかけることが許されているのか?」
無論、許されてなどいない。だが、法務宮の生存者で最上位が子爵となれば他に選択肢などないのだ。そんなことは当然ルイエも承知の上だ。
「いいえ、侯爵閣下」
だったら無益な作法と通例を守りながら、滅びてしまえばいい。この国のように。
イスラは心のなかで罵りながら、攻め方を変えてきたルイエの真意を探る。子爵風情には何の決定権もない。交渉の相手にはならないし、侵略にも占領にも利用価値はない。ここで示威行為を行う意味はない。
であれば、こちらが使えるかどうかの選別だろう。
「小官からの報告は以上です」
イスラは冷淡に突き放す。侵略者や国賊の思惑に乗ってやる気などなかった。
侯爵以上の上級官吏は逃げた。上級執務室の長、法務長官でもある宰相アーハイム公爵は制圧直後から姿を見せていない。残されたのは権限も行動の自由もない中級・下級官吏で、その多くが命じられるまま魔物の群れや侵略軍と対峙して死傷している。
「待て」
「敗軍の事務方としての職務は果たしました。これ以上は、職掌を超えます」
一階の下級執務室に帰るため踵を返すと、壁際で領軍兵士が手槍を引き寄せるのが見えた。ルスタ王国の武官らしき私服の男も、イスラ子爵を睨みながら腰の剣に手を掛ける。
彼らの上官に無礼な口を利いたのが勘に障ったか。硬い空気を笑い飛ばすように、イスラは肩を竦めた。
「御不満でしたら、いつでも更迭してください。殺したければ、それも御随意に。次の最上位は……アイヘンタイム。騎士爵です」
「ふざけるな! 平民ではないか!」
武官は熱り立つが、それはイスラの責任ではない。
たしかに、騎士爵は貴族位ではなく栄誉称号だ。そもそもアイヘンタイムは勲功持ちだが老門衛。政務など全くわからない。だが現状で執務に耐えられない者たちを除けば、彼しか残らないのだ。
「もういい」
ルイエ侯爵は手を振って部下たちを黙らせる。イスラの他に選択肢がないというのは、最初から理解していただろうし、どうも事前に官吏たちの個人情報を得ていた節もあった。
法務宮に乗り込んできた領地軍の兵士たちが、イスラだけを名指しで拘束しにきたのだから。
「イスラ子爵。エルマール・ダンジョンが成そうとしているものは何だ」
「小官には、わかりかねます」
「そんなはずがなかろう? 貴様はエルマール・ダンジョンに対する大規模攻勢に反対していた。密かに阻止しようと動いた形跡もある。その結果、宰相から内通者の疑いを受け、下級官吏への降格が検討されていた」
「……」
「“魔物暴流”の発生を事前に知っていた理由も、聞かせてもらおう」
回りくどい追求の着地点が見えてきた。この占領軍の長が妙に絡んでくる理由もだ。
ここ数週間でイスラが宰相に上奏した予想と懸念は、ほぼ全てが現実のものになった。その記録を見たルイエ侯爵も、宰相と同じ判断に至ったのだろう。つまり……
イスラが、ダンジョン側の内通者だと。
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