雪国
「お〜?」
階層間移動の短い転移魔法陣を抜けると、そこは雪国だった。
「おおお〜⁉︎」
「寒ぁッぶぅううぅーッ⁉︎」
あまりの寒さに、<ワイルド・スライム>の動きが鈍ってゆく。着の身着のままな麻のシャツとチノパンという軽装の俺も汗が一瞬で冷え、シャツが凍ってゆくのがわかる。
マズい、これはこれで俺が死んじゃう。
「ええと……ブラザー、あれだ!」
「あぶぶぶ……」
ようやく意識を取り戻したマールに機能制御端末の設定をしてもらい、俺たちは第四作戦司令室に転がり込む。海外の別荘みたいな、百坪くらいのシンプルな二階建て。作ったばかりなので小綺麗な建物だが、内部は当然のように冷え切っている。俺たちは生活空間になっている二階に上がって暖房を点けた。
震え上がる俺たちを余所に、冷気で人心地ついた感じのマールは、外の雪原に転がっている。窓から身振りで屋内に入らないかと誘ってみるが、粉雪をワフワフと跳ね上げながら手を振られた。
幸せそうに笑う声が念話として届く。
“ふふふ……ここは天国ですぅ♪”
さいですか。その申し訳程度の極小水着で雪に埋まってるのとか、こっちは見てるだけで寒いんですけどね。あと世間体として大の字になって転がるのは、どうかと思いますよマールさん。実年齢はともかく、見た目は若い娘さんなんだから……って親戚のオバチャンか俺は。
「ますたー、ここ、さむいー」
「そうなー。でも安心しろブラザー、ここには温泉があるらしいぞ」
「おんせん?」
「あったかくて気持ちいいお湯だ。ええと……あれだな」
曇った窓を袖で拭うと、二十メートルほど離れた森のなかに、もうもうと湯気が立っているのが見えた。
湯気というには濃過ぎて激し過ぎて、温泉というより火山でもあるみたいに見える。周囲が白く煙ってるのも、あの蒸気が凍っているせいか。
「すごーい、もくもくー♪」
「そうだな。でもあれ、お湯が熱いんじゃなくて、温度差が激し過ぎるんだと思うぞ?」
環境設定でワタワタと気温設定したので、二十四階層はマイナス三十度になっている。やり過ぎた。食品用冷凍庫の標準がマイナス十八度だったから、ここ冷凍庫より寒い。
温泉はダンジョンの設定ではなくエルマール山脈の地下深くに元々あった自然環境らしいが、温度は四十度ちょい。温度差が七十度以上もあれば、そら派手にモクモクもするわな。
「ふぉおおぉ……すげえ真っ白だよ」
「ふぉー?」
風が吹くたびに粉雪と温泉蒸気のスターダストが視界を塞いで、視界喪失状態を経験させてくる。おまけに立ってるだけで脳みそがバキバキいいそうな極寒。いっぺん屋内に入ったら外には二度と出たくないが……行った先に温泉があるなら、二十メートルくらいは頑張れそうな気がしてきた。
「ブラザー、温泉行くか?」
「いくー♪」
「ちょっと待ってな。あそこまでの道を作るから」
「みち? いる?」
「要る。よく考えたら風呂上がりに、この極寒のなかを歩いて戻らなきゃいけない。絶対に凍っちゃう」
「おー」
いまだにキャッキャ言いながら雪のなかを転げ回ってるオーバーヒーテッド・ガールは別として、ふつう雪も冷気も避けるもんなのだ。半地下構造の屋根付き廊下を通して、温泉からすぐのところに脱衣所を作る。念のため脱衣所には暖房も入るようにした。
これで完璧だ。二十五階層でバスルームを作ったときにバスタオルの調達は済んでいる。
「怖れるものは、もう何もない! いくぞーブラザー!」
「ぞー♪」
廊下を通って脱衣所まで行き、素早く全裸になる。もくもく盛大に湯気を上げる源泉掛け流し天然ダンジョン温泉に向かって、俺とブラザーは飛び出した。
「うっひょーい!」
「ひょーい♪」
俺たちが温泉に足を踏み入れると同時に、ふと吹いた風で水面を覆っていた湯気が流れる。そこに浸かっていた先客の姿が露わになった。
「「え」」
俺と相手の声が重なる。油断してた。最難関ダンジョンの最深部近く。ついさっきまで基礎の構築すらされていなかったのだから、ひとなんて居るはずがない。そう思っていたのだが。
真っ白な肌の女性が、こちらを見たまま固まっていた。俺も温泉に片足突っ込んだところで動きを止め、どうしていいやらブラザーに助けを求める。
「……な、なあ。あのひと、敵……じゃない、よな?」
「だいじょぶー♪」
俺は油断していたかも知れんが、<ワイルド・スライム>は冒険者で言えばAランク以上の実力者。油断してなどいない。が、なんでか警戒もしていない。
「なんで断言できる? 知り合い?」
「しらなーい、でもー」
ブラザーは温泉の湖面を幸せそうにぷかぷか漂いながら、全裸で立ち尽くした女性の前を横切ってゆく。
「このこー、いきてなーい」
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