スウィムいんスウェット
「えぇー……」
「だからー、待っでっで、言ったんでずぅうぅ……」
“でずぅー”って言われてもな。
性能アップしたらいきなりビキニとか、意味わからん。そもそもビキニと呼んでいいのかも不明な、ムッチャ際どい……っていうか凶悪な、なんていうの? ほぼ紐?
ただでさえムッチリした感じのマールさん、あれでも着痩せするタイプだったのか機能向上でボディサイズもアップしたのか、なんか色んなところがもんのスッゲーことになってはる。
もう外に出れないね、これ。王都とか連れてったら衛兵隊に速攻包囲されるわ。俺が。
「なんか服、調達する?」
「もう無理でずぅー……」
また“でずぅー”って、首を振られた。半泣きで。
スペックアップの弊害として、着衣が厚いと熱暴走するのだそうな。もう服を着れない身体になってしまった、とか嘆かれた。
「そんなに」
「すごく前に一度だけ、処理速度一割増というのを試したことがあるんですけど」
「うん」
「無理して熱暴走したところを、冒険者に攻略されて」
「……うん」
「そのときは、もう少し布の幅がある水着でしたけど」
あ、見た目の話? 性能向上は利点だけじゃないって話じゃなくて。
涙なしには語れないマールの思い出によれば。ダンジョン最深部まで入り込んだ冒険者パーティが、熱暴走で機能停止していたマールを発見。パーティの女性魔導師が、水着姿で湯気吹いてるのを見て言ったのだそうな。
“……なに、それ”って。奇妙な虫でも見るような、冷え切った目で。
「……わたしも、好きでこんな格好してるんじゃないんですけど……って思いながらコアを砕かれて……」
「……ああ、うん。……なんか、ごめん」
ちなみに、冷却に関しては現状の水着でも万全ではなく、高負荷を掛けるときは風を通すか水を通すかしないと処理が不安定になるらしい。
そりゃそうだ。暑い日に水着になったからって、それだけじゃ特に涼しいわけではないもんな。
コア本体のある最深部は、ほぼ密閉空間なので水どころか風ひとつない。室温も一定で、どちらかと言えば高めだ。マールは見るみる顔を火照らせ、苦しげに喘ぎ始めた。
少しは足しにならないかと水を飲ませてみるけれども、そのまま汗として放出されてしまうようだ。
「マール、これ頭から掛けていいか?」
「お願い、します……」
ピッチャーで水を掛けると、すごい湯気が上がってギョッとする。まさに焼け石に水。頭だけじゃなく背中からも湯気。何杯掛けても熱が引かず、蒸気の勢いが収まらない。ジュワーッと音を立てながら蒸発して、気付けば室内がサウナ状態になっていた。
「暑いです……」
「そう、だな」
やりすぎた。性能一割増しでも熱暴走してたのに、今度はいきなり七割増し。ある意味、完全な自殺行為だ。
性能の向上幅がイマイチとか考えてしまったのは、元いた世界のPCを基準に考えてしまったからだな。冷却に関して原始的なこの世界のコアで同じことをやったら、引き換えにされるのは実用性だ。
俺また同じ失敗してるな。
“過去にない”“誰もやったことがない”なんて選択に、ついつい流されちゃう。ゲーム業界でも良くある話で、そんなのは大概やる意味がないか試したけど失敗したかなのだ。
「……頭がボーッとひてきましひゃ……」
「おい」
ヤバいぞこれ、洒落にならん。酔っ払いみたいに――というか、正確には熱中症みたいに――呂律が回らなくなってる。ムッチャ息荒いし顔赤いし、ものっそい汗掻いてるし、身体中からもうもうと湯気出てるし。
非常に目のやり場に困るんだが、既にそれどころではない。横でフウフウ吐息を漏らされるとモヤモヤはするが、それがファンヒーターくらいの熱風となると色っぽい気分には微塵もならん。
どうすんだよ、これ!
リアクションに困ってブラザーの癒しを求めるけれども、いつの間にやらどっか行って居らんし。
「もうダメでふぅう……ッ」
マズい。ここでマールが機能停止したら、俺たちみんな揃って死ぬ。
慌てて機能制御端末を操作して【迷宮構築】を掛ける。細かいオーダーを受け付けてくれるダンジョン報酬点は、ほぼゼロだ。ここはダンジョン魔力で作成可能なダンジョン内の環境設定で乗り切るしかない。
設計を済ませて環境設定を機能活性化、マールを運び出そうとして手を伸ばしたところで固まる。
際どい水着で汗だくでグッタリしてる若い女性を担ぐ中年男? それ大丈夫? 通報案件じゃね? みたいな心理的な抵抗もあるにはあるのだけれども。
「う熱ちゃあッ⁉︎」
それどころじゃねえ。素手で触れねえ。なんだこれ。いやマジで、どうすんだよ⁉︎
「おーい、ブラザー! ちょっと頼む、急いで!」
「はいはーい♪」
ぴょこぴょこ跳ねながらやってきた<ワイルド・スライム>は、マールを見て体全体を傾げる。
ちょっと前までスーツ姿のクールビューティだったのが、いきなり水着で横座りのまま唸りながら湯気を上げ水溜りを作ってりゃ、そうなる。
「まーる、おねつ?」
「まあ、ある意味そうだな。ブラザーこれ、運べるか?」
「だいじょぶー」
落花生みたいな乗用形態になったブラザーは、マールをひょいと背負う。ぺローンと伸びた形でしなだれかかり、西部劇で捕まえた犯人を馬に乗せるみたいな感じになった。
残念ながら、俺は乗れそうにない。マールの前にスペースはあるけど、そこに座ったら尻が焦げる。
「ほーい」
走って付いてこうとした俺を見かねたブラザーは、ふたり乗り自転車みたいな形状に後ろを延長してくれた。
優しいな。後席に座ると前から熱が伝わって来るが、これなら問題ない。うーんと熱に魘されながら寝返りを打つマールの尻を目の前で見せられているのは……非常に目の毒ではあるが。
「よし、それじゃこの上、二十四階層まで頼む」
「あいさー♪」
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