水門開放
ダンジョン内に間諜が入り込んでいて、そのひとりは正体不明な子供の魔物使い。
盛り沢山の状況だというのに俺もエルデラも特に緊張感がない。俺の場合は無知と無関心からだが、エルデラの落ち着きようは少し毛色が違うようだ。
「厄介な本体って、見当は付いてる?」
「いや。ただ大きな魔力の反応がないところからすると、群妖虫の類じゃな」
「ばーみん?」
「ちっこい羽虫じゃ」
いままで見てきた虫系統の魔物とは違う、ごく小さな虫の魔物。広い意味では<周回蜜蜂>もその一種だ。体長が七センチほどある<ラウンドビー>は対処もそう難しくないが、問題はさらにもっと小さいタイプ。強者である<水蛇>のエルデラが厄介と言ったのは、それが視認しにくいほど小さく、魔力も知覚できないほど弱いからだ。
「群れになるまで見えんのじゃ。とはいえ蠹害を防ぐに森を焼くわけにもいくまい」
「あー、うん?」
知識量の差かカルチャーギャップかジェネレーションギャップか知らんが、理解できなかったので説明を求める。衣服や古書を喰う蠧魚、木喰い虫ともいう微小な害虫を殺すために本来守るべき森を焼き払うのは本末転倒であると。
例え話にしても、いくぶん回りくどい表現だな。
「もしかして、この会話が聞かれてる可能性でも?」
「あってもおかしくはないのう」
さっきの間諜な子供。どこかと通信している。だが目的も通信手段もわからないのだ。
「なるほどね。……それじゃ、どうしたらいい?」
「風を通し陽を浴びておれば、自ずから駆虫はできるものじゃ」
指でくるりと湖を指す。ダンジョンの閉鎖的環境を改善して、外部との行き来を進める……ということか?
「えるでら、おさかな、けらいー」
「さすがにウチも、魚の家来はおらんがの」
魚はともかく水棲の魔物は、圧倒的上位者である<ハイドラス>に対して隷属に近い状態らしい。
エルデラが四階層の湖から王国の中西部エルマンエイルまでの水路をつなげたいのは、単なる故郷の再生じゃない。水を循環させることで自分のテリトリーを広げ、そこに監視網としての機能を持たせようとしているのか。
「まあ、任せるよ。水路はどこに繋げばいい?」
「流民どもが入ってきた裏口があろう? そこの西側地下、四十メートルあたりじゃな」
俺は機能制御端末を操作して、湖の外周を部分的にダンジョン外まで延長する。
エルデラの指定した場所には、たしかに地下水脈の名残と思われる空洞があった。枯れた岩肌にわずかな湿り気が残っている程度だが、そこに大量の“外在魔素”を含んだ湖の水が流れ込んでゆく。
「あの水脈は、王国の地下を縦横に伸びておる。ウチの領地が、少しずつ広がり始めるのう」
「一気に入れたら湖が干上がっちゃうから、少しずつな」
「わかっとる」
とはいえ、急に水位が下がってきたのは流民たちも気付いたようだ。
気の早い連中は神獣の怒りと勘違いしたのか巨大<水蛇>像を拝み始めている。大人はアタフタ動き回って必死に何かを話し合ってる。子供たちは見ているだけだが、不安そうな顔は隠しきれない。
「……なあエルデラ、あいつらスゲー怯えてるぞ? なんか伝えてやらんと可哀想なんじゃないか?」
「いや、待てい! ウチはなんも怒っとらんじゃろがい! むしろ長い目で見れば、あやつらを助けようとしとるんじゃぞ⁉︎」
「いや、そうだけどさ」
エルデラさん、動揺してるせいか流民を守るの助けるのって意図は隠さなくなっとる。
最初からモロバレだから、どうでもいいが。
「ほっといたら人身御供でも捧げそうな勢いだぞ」
「やめい! あんな小汚い痩せっぽちを喰う趣味はないわい!」
いや、太ってたら喰うんかい。つうか攻め込んできた兵隊は喰ってたみたいだから、食材の選別は好き嫌いというのか、心情的なもんだろ。<水蛇>としては、偏食なのかもしれん。
「愚かな眷属の不安を解いてやるのもホラ、神獣様の務めなんじゃないか? なあブラザー?」
「なー♪」
「ぐぬぬぬ……ああ、もう! しょうがないのう! いくぞ小僧!」
「はいなー♪」
<ワイルド・スライム>を頭に乗っけて、白ワンピースな令嬢エルデラは湖に戻っていった。流民たちに状況を説明して安堵させるために。
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