外の世界
王国と帝国の国名間違ってました……ご指摘感謝
「メイさん、どうして機能制御端末の接続を三階層にも繋がなかったんですか?」
「あー」
俺は四階層の湖畔コテージで、【迷宮構築】の続きを行なっている。ここに来るまでに全階層の座標を設定・登録したので、ダンジョン内は【連結】機能で自由に転移できるようになった。だったら作業も二十五階層でやりゃいいんだけど。ここは窓から静かな湖が見えて落ち着くのだ。そして三階層は新婚家庭に居候しているみたいで落ち着かないのだ。
それをマールに説明したら、わかったようなわからないような顔で頷かれた。
「三階層は、変わった形になりましたね」
「そう?」
草原自体は基本的にいままでと同じで、入り口の洞窟を狭くして、草原の外周を一段低くした。三階層を攻略しようとする者は草原に出る前に十メートルほどの登攀が必要になる。登るのは傾斜の緩い崖で、岩壁には手掛かり足掛かりも作った。よほどのことがない限り滑落はしないし、しても死にはしない……はず。一段低くなった外周部分は排水用の堀なので、下まで転げ落ちると上層から下層に流れる栄養価の高い――つまりは濁った――水で汚れる。そして稀に遊泳している肉食魚に齧られる。それくらいのものだ。
これで馬も入れないし、大兵力を送り込むことも難しくなった。歩兵や徒歩の冒険者なら好きにすると良い。
「そういやマール、王都はどうなったの?」
「王城が王族ごと潰されて、いま王国は無政府状態になっていますね。政務を司る法務宮は現在、南領の領地軍に占拠されています」
南領伯ナリン・コーエンが単独で王国征服に乗り出したわけではない。裏で糸を引いているのはアーレンダイン王国の北東にある新興国、ルスタ王国だ。
南領は北東ルスタ王国、東領と北領伯は西のモノル帝国と内通している。最初から喰い荒らされるのが決定済みなあたり、この国は滅びるべくして滅びるとしか思えん。
ちなみに、本来は西領もルスタ王国の傀儡だったようだが、ダンジョン爵の暴走で潰された。
「すげーな……王国の終焉か。俺にとっては、ほとんど何も知らないうちに失くなっちゃったな」
「メイさんは、どうされますか」
「どうって、何もする気ないけど」
そんなわけにはいかないんだろうが、積極的に何かをする気はない。そんな義理もない。滅びた老害国を奪還するとか再興するとか、冗談じゃない。意欲もなければ才覚もない。魔物のブラザーズ&シスターズ以外に人員もないしな。
「アーレンダイン王国が滅びたのはわかった。その結果として起こる、俺たちにとって直近の問題は何かある?」
「討伐部隊ですね」
マールの返答はシンプルだった。
「停戦交渉か和平交渉か協定締結交渉か、名目は様々でしょうが、使者が来て、望み通りの結果にならなければ兵が差し向けられます。おそらく帝国、国内勢力、ルスタ王国の順です」
「それは、好戦的な順? 利に聡い順? それともダンジョンに危機感を持っている順?」
「どれでもないですね。あえて言えば……軍を動かせる順、でしょうか」
「え?」
「ルスタ王国は新興国で、王権はそれほど強くありません。実権は貴族にあって、軍も所有は王ではなく貴族ですから、利害の衝突がない他国のダンジョンに兵を入れるとは思えません」
そのルスタ王国、王国と言いつつ、政治的判断は貴族からの上奏を王が追認する形なのだとか。単に王が傀儡なのか、絶対王政ではなく議会制の立憲君主政なのかは不明。合議制で動く上に政治的・経済的なリスクを取るのが貴族となれば、そら派兵には慎重になるか。
東端のダンジョンには金鉱山があるとか聞いたけど、エルマール・ダンジョンなんて制圧したところで得られるのは魔物の素材とお魚くらいだ。
「そんじゃ、ルスタ王国はいったん放置だな。帝国は……でも、先遣隊を撃退したんだから少しは慎重になるんじゃないか?」
「わたしも、そう思いたいですね」
楽観的になれない理由でもあるのか。あるだろうな。王国唯一のAクラスダンジョン。しかも、ひと月と経たずに成り上がった新規ダンジョン。そんなものが王都から目と鼻の先にいるとなると、占領軍は気になって仕方がないだろう。
討伐部隊も先遣部隊も攻略に来た冒険者たちも、すべてを瞬殺してしまったのは、きっと悪い方に出る。
「流民がですね、さらに集まってきています」
「ああ、四階層の……裏口のとこ?」
「はい。最初に受け入れた二十七人と、湖水を挟んでなにやらやりとりしていまして」
ダンジョンの裏口から入ると、湖のなかの小島に出る。そこからダンジョン内部に直接移動できるルートはないのだけれども、いまは湖を挟んで四、五十メートルのところに難民収容用の島を造成してある。
「もしかして、泳いで渡る気か?」
「いえ、小舟を使っていました」
「あ」
あー忘れてたわー、それ置いたの俺だわー。自然な感じで物資を渡してやろうと思って、壊れた小舟が漂着した感じで置いたんだった。鍋釜とか木箱に入った種苗とか釘とか布とかなんだとか配置したから、そら小舟くらい修理できるわな。
「いま何人?」
「島に渡ったのは、三十人ほどです。外には、まだ四、五十人ほどいます」
島の人数、百人超えちゃうな。たぶん、それで終わりじゃない。王国が滅びて内戦状態になると、これからも流民難民はどんどん増える。
「どうしようか」
“どうしようもなかろう”
“なかろー♪”
俺の独り言に念話で答えたのは、神獣エルデラだった。いつの間にやらコテージのデッキに立って、こちらに手を振っている。<ワイルド・スライム>を頭に乗っけているのは、念話の中継でもしていたのか?
「邪魔するぞ」
「するぞー♪」
エルデラは水棲ドラゴンみたいな<水蛇>形態ではなく、リゾート地のお嬢様みたいな白いワンピース姿だ。半透明でぷにぷにしてるけど、頭の上のブラザーが麦わら帽子に見えなくもない。
「よく似合ってるな」
「それは、このワンピースか? このスライムの小僧か?」
「両方。いかにも迷える者どもを導く神の使いみたいだ」
「みたい、ではなく、ウチはホントに神獣じゃろがい」
冗談なのは理解してくれてるようで、彼女は笑いながら椅子に腰掛ける。頭の上の帽子型ブラザーはビーチボールみたいになって胸元に抱え込まれた。
俺が開いた機能制御端末の画面を見ると、エルデラは溜め息混じりで首を振った。
「訪ねた用件はそれじゃ。どんどん増えとる」
「百を超えたら、あの島は少し手狭になるね。広げる?」
「ずいぶんと呆気なく許容するもんじゃの。少しは警戒せんのか」
神獣の加護があるなら問題ない、と冗談半分で受け流す。
流民の件に関して、俺が被るリスクは、ほぼないのだ。極論を言えば、彼らが全滅したところで問題はない。逆に、元気に育ってくれたらエルデラ経由で“体内魔素”が上がり、“外在魔素”が増える。ノーリスク・ハイリターン。
さすがに死なれたら、寝覚めは悪いけどな。
「小舟で行き来してるの、転覆したら危ないから橋でも掛ける?」
「それは不要じゃ。自由に出入りできると、おかしな連中が入ってきかねんしの。溺れそうな奴や襲われとる奴がいたら、湖のスライムが助けると言うてくれとる」
「へえ……」
「ぶるーすらいむー、およぐの、とくいー♪」
四階層は水辺のステージだけあって、けっこうな数のスライムが暮らしている。<ピュア・スライム>、<グリーン・スライム>、<インヴィシブル・スライム>、<ワイルド・スライム>もいるが、数として最も多いのが綺麗な水を好む<ブルー・スライム>。彼らはエルデラの眷属ではないが共生協力関係にあって、彼女の崇拝者である流民たちを守り支えるサポートもしてくれるようだ。
「頼りになるな」
「そこで、頼みがあるんじゃ」
「島を広げるって話なら、すぐできるけど」
それはそれで頼みたいが、と前置きしてエルデラは真剣な表情で俺を見た。
「ダンジョンの外にも、水路を引いてくれんかの」
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