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アイルビーバッシュ

 騎乗形態のワイルド・ブラザーで三階層の草原まで超高速移動した俺は、アハーマに助け起こされているラウネに駆け寄る。意識を取り戻したラウネ本人から聞く限り、どうやら命に別状はないようだ。

 グッタリしてはいるが、大まかに言えば原因は魔力切れと疲労。アハーマは呆れ半分憤り半分で口を尖らせる。俺たちは彼女の死闘を<ピュア・スライム>経由で見ていたが、パートナーのアサシン・ガールは“葉鎧”という植物性防壁で組まれた檻に――負傷後の保護と安全確保のためではあるが――詰め込まれたまま何も見えずヤキモキさせられていたのだとか。

 それはまあ、怒りもするか。激突と発砲音を最後に何も聞こえなくなったとなれば尚更だ。術者が失神したことで“葉鎧”が解かれ、飛び出したアハーマが見たのは血塗れで転がる敵と、その前で倒れているラウネだったのだから。


「ラウネは、あの魔道具を避けたのだな?」

「ううん、“葉鎧”で」

「まさか、受けたのか⁉︎」


 ラウネは指を四本立てているから、たぶん積層構造の植物性防壁を四枚抜かれたと言いたいのだろう。


「……なぜ、そんなことを」


 いつも冷静なアハーマが、珍しく血相を変えて詰め寄る。動揺は消えて、声は怒りを込めた低音になっていた。

 怒っているのは気遣いからだろうというのは、わかる。実際、魔物なはずの乙女は困ったような笑顔で少し頬を赤らめた。

 なんだこれ。


「そう……するべきだと、思ったから。あの兵士は、最期まで、逃げなかった」

「だとしても!」

「わたしも、逃げたくなかった」

「な……」

「あいつは、あなたを殺そうとした」


 不承不承という感じでアハーマは頷いたけれども、俺は心のなかで首を傾げる。いや、なんで?


「だったら、わたしは殺すべきだと思った。真正面から、避けず、逃げずに。目を見て、殺すべきだと」

「……わかった」


 わかったんかい。脳筋を超えた人外超人どもの考えることは俺には微塵もわからん。

 なので、そこはスルーして管理上の問題だけを確認することにした。


「なあラウネ、敵の死体は? 置いといたら腐って疫病の原因になるらしいからさ」

草原(ここ)にあった分は、<倒立葬花(スピネイトブルーム)>が()()してくれました」

「みずうみのはー、えるでらー、ごちそーさまって」


 並行化した<ワイルド・スライム>からの情報で、湖の四階層に流した王国領地軍兵士たちは無事に<水蛇(エルデラ)>たちの養分になったようだ。

 では、とりあえず俺にとっての問題はなくなった。


「……こいつが、最後の兵士か」


 草原のなかで仰向けに倒れている男に近付く。誰が見ても死んでいる。胸に大穴が開いているのは、ラウネのツタによる攻撃が突き刺さったんだろうな。左腕はグシャグシャに砕けて、全身がズタボロに切り裂かれていた。血塗れの男は火縄銃の親戚みたいな武器を抱き締めるように構えて。

 なんでか、ひどく幸せそうな笑みを浮かべながら死んでいた。


「あるべき死だ」


 首を傾げる俺の背後から、アハーマが吐息まじりに言う。彼女の隣に寄り添うラウネも、穏やかな笑みを浮かべて頷く。


「きっと、幸せな死」

「……」


 俺個人で言えば、ちっともそうは思わないけれども。

 例えば武士や戦士や傭兵のような人種なら。戦いのなかで生き、戦いのなかで死ぬのが望みの者たちならば。人生の最後には最強の敵と真正面から打ち合い、果てるのが理想だったりするのかもしれない。


「悪いけど、君たちにそんなときはこない。俺の下にいる限り、安全は確保させてもらう」

「どうした、ご主人」

「本当は、わかってたけどな。君たちに頼り過ぎてたこと。あまりにも強かったから、自主性の名の下に責任転嫁してた。忙しさにかまけて、現実逃避してたんだ」


 後半はほとんど独り言だった俺の言葉に、ラウネは困った顔をする。


「マスター、あの……よくわかりません」

「いや、気にしなくていい。俺の問題だ。少しここの階層を、改造させてもらうよ」

「ああ……それは、もちろん……ご主人の判断には、従うつもりだが……」


 アハーマもラウネも、“いまの草原が気に入っているんだけどな”って、顔に書いてある。

 ふたりの背後では<ピュア・スライム>、<グリーン・スライム>、<ワイルド・スライム>のブラザーズも、揃って“いやーん”みたいな感じに揺れている。

 俺もこの環境を、まったく別のものに作り替えようとは思ってない。でも、この地形はまずい。圧倒的強者とは言え、少数精鋭を配置するのに遮蔽も障害もない平地というのは無理がある。

 当初は冒険者が相手と考えていたからな。せいぜい四、五人のパーティが分散して入ってくる程度。それならば対処できるが、騎兵を含む百名超の軍組織なんて想定していない。

 あれこれ策を考えている俺を、<ワイルド・スライム>が不思議そうに見た。


「ますたー、なにが、だめなのー? あはーまと、らうね、ばーんて、やっつけたよー?」

「ここのみんながダメなんて思ってない。すごく良くやってくれた。たぶん今後も上手くやってくれると思う。でも、そう思えちゃうのがマズいんだ」

「あー、わかるー」


 わかられてしまった。

 口調こそ子供っぽく覚束ない印象だけれども。こう見えてブラザーの知能はかなり高い。勘も察しも良いし、空気も機微も読める。社会性生物であるスライムの本能なのか、コミュニケーション能力なんか俺よりよほど高い。


「ますたー、こわいのねー?」

「……そうね。……まったく、その通りだよ」

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