エアマスター
「えー」
最近すっかり影が薄くなったダンジョン・マスターは、機能制御端末の画面に映った死闘を目の当たりにして言葉を失う。部下たちが次々チート級に育ったせいで、もともと量産型中年でしかない俺は完全に空気である。反省なんてしないがな。指揮官であるダンジョン・マスターが単身無双とかしてる状況よりよほど健全だろう。まあ、いうて指揮もしてないわけだが。
それにしても物には限度がある。帝国軍の精鋭っぽい連中が百の王国領地軍を率いて攻め込んできたというのに、三階層の超人カップルってば……五十名ほどは下層の湖ステージに流したとはいえ、殲滅まで小一時間ほどしか掛かっていない。
「殲滅による“体内魔素”吸収の結果、ダンジョン等級がAに上がりました」
「……ああ、うん」
機能制御端末のひとつに映っていたマールが、冷静な声で伝えてくる。
いまさら上がろうが下がろうが、運命に大差はない気はするが。未来への選択肢が増えたと、前向きに考えることにしよう。この状況じゃ王都ごと、納税の義務も消滅してくれそうだしな。
これから俺たちのダンジョンは、“蛮勇”クラスと称される。正式呼称ではなく、クラスの頭文字をもじった俗称のようだが。簡易・困難・警告・恐慌と上がって、攻略難度は既にAランク冒険者がパーティを組んでようやく果たせるという最上位だ。実際単身のSランクを仕留めているので、その評価は間違っていない。
「ちなみに、Sクラスのダンジョンって、ないのか?」
「王国の歴史上は存在しません」
なるほどね、と言いながら俺はダンジョンのパラメータを確認する。
名前:エルマール・ダンジョン
クラス:A
総階層数:25
DHP:1034572
DMP:987659
DPT:901230
Dスキル:【魔導防壁】【隠蔽魔法】【生成】【合成】【調達】【連結】【豊穣】【開闢】
……桁が多すぎる。ダンジョン生命力が百万超えって、そらスゴいんだろうけどさ。どんだけスゴいのか既に理解の範囲外だ。配置魔物もあまりに増えたせいか、別ページのリストに移動されていた。実際、<ワイルド・スライム>たちのワイルドな収納でガンガン運ばれてくるから、俺も途中から把握し切れていない。
おまけに……なんかスキルも見覚えないのが増えとる。代わりに何か減ったみたいだけど、そっちは覚えてない。
その【開闢】て、なんじゃい。詳細説明を開いても、何も書いてないし。なんだこれ。プランナーがテンパッて途中で投げたのか。
開闢という言葉自体は、たしか“荒野を開拓する”とか“新天地を作る”みたいな意味だったはず。このシステムの設計者は、いったい何をさせようとしているのか。
とりあえず、エルマール・ダンジョンは王国最強のダンジョンになってしまったわけだな。数字は爆上げしているものの、それは【迷宮構築】が進んでいないせいで消費されていないというのもある。特に、お楽しみ要素を導入するためのダンジョン報酬点な。いろいろやりたいことはあるが、ほぼ手付かずだ。なにせ中層階以下が便宜的矩形のまま、下層など空っぽの空間でしかないのだ。構成も考えてないのに配置物など設定を触る余裕もない。
「……マジでヤバい。これ、ホント完成データ納品前に見る悪夢みたいだわ……」
元いた世界では何度も、うなされて目覚めたことがある。早く受け渡せとクライアントから矢の催促があるなかで、デバッガーさんから連絡があるのだ。ミッション後半が、まだ仮素材だけですよと。
目覚めた先でも大概、問題が山積みではあったんだが。
「どうしましたメイさん、顔色が悪いですが」
「だ、だいじょうぶ。うん。平気平気。まだ焦るときじゃない」
いったん落ち着こうとして、俺はコンソールの画面に目をやる。今回の最大の功労者であり勝者でもあるラウネに祝いの言葉でも掛けようとしたそのとき、彼女がくにゃくにゃと倒れ込むのが見えて思わず血の気が引いた。
「ちょ、ブラザー! ブラザー、急いで三階層までお願い!」
「あいさー♪」
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