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草原戦線

「えーと……そんじゃ三階層は、と」


 エルデラを見送った後、俺はコテージの機能制御端末(コンソール)に向き直る。ずいぶん時間を喰ってしまった。

 ブラザーと<水蛇(ハイドラス)>の姐さんは登場演出を迷っているようなので、準備ができたら教えてくれと伝えておいた。あれで意外に凝り性なのかもしれん。


「おーい、ラウネ?」


 コンソール経由で、ラウネとアハーマにはすぐに通信がつながった。わずかにヒョコヒョコ上下動しているところからして、<ピュア・スライム>の視点だろう。笑顔のラウネがアップで映っていた。

 アハーマは、ラウネから少し離れた場所で鼻歌まじりに何か作業をしているようだ。ビチョビチョと聞こえてくる重たい水音がすごく嫌な感じなので、そっちの画面は見ないでおこう。


「あ、マスター。もうスライムちゃんから聞かれましたか?」

「うん。四階層(こっち)にも少し“体内魔素(オド)”を供給したいんで、余ってる敵を送ってくれるように頼んだんだけど」

「こちらに入った敵は百と少しでしたが、領地軍兵士を五十ほど、そちらに送りました」

「ありがとう、助かる」


 さっきエルデラが言ってた、“水辺の端でウロウロしておる連中”ってのがそれだな。いくつか開いたモニターのひとつに、その集団が映っている。水鳥の視点なのか遠景で詳細までは見えんけど、水辺で何かに襲われてるっぽいな。なんだろ。肉食の魚でもいるのか。


「そっちは大丈夫?」

「はい。被害も問題も、ありません」


 これも<ピュア・スライム>か<インヴィジブル・スライム>の視点であろう遠景で映された草原は、あちこちから煙が上がっていた。パニック状態で魔法を放っている魔導師が何人か見えていたが、それも草のなかに引きずり込まれてすぐに消えた。


「その煙は、魔導師による攻撃?」

「ええ、効果時間の長い火炎魔法を放ったようです。術者を大多数(おおかた)仕留めたので、消え始めています」

「一般兵士の半分は、もう倒したんだ」

「開戦早々、<倒立葬花(スピネイトブルーム)>に喰われました。逃げ回っていたもう半分は、スライムちゃんが引き受けてくれましたから」


 早いな。そしてグロい。それにしても、五十近い領地軍兵士を瞬殺とは。


「残るは十名ほどの帝国兵だけですが、草原の入り口近くで動きません」

「お仲間がやられたのに?」


 別の画面を見ると、ラウネの言う通り騎馬の兵士が整列状態で並んでいた。偉そうな連中だ。なるほど、領地軍兵士は、お仲間ではないわけだ。下賤の者どもに突っ込ませておいて、帝国軍の兵士は高みの督戦状態(けんぶつ)か。両国の立場の違いがよくわかるな。


「あら、動くようですね」


 ラウネが意外そうに、そして少し微笑むような声で言った。


「彼らは騎馬(ウマつき)ですから、()()()()()はずなんですけれども」


 見えてるって、なにが……いや、なんとなくわかった。

 高台からの遠景で見れば、草原の草のなかに入った歩兵は視界が確保できないとわかる。だから敵味方が分からず、方向も戦況も見失ってパニックになってしまったのだ。その点、馬上にいる人間なら目線が高いために周囲の状況を理解することができる。

 百名からの兵士たちが一瞬で喪われたことも、自分たちに勝ち目がないであろうことも、だ。

 何が目的で侵攻してきたかは知らんが、戦力の九割を失ったらもう撤退以外なかろう。

 ……ふつうは。


「ではマスター、少し失礼しますね。アハーマ?」

「ああ。見ていてくれ、ご主人」


 ふたりはあっさりとモニターからフレームアウトした。俺は高台からの映像を見る。矢尻のような形に陣形を組んで、手槍を構えた兵士たちが突っ込んでゆく。その先にあるのは、身構える様子もなく立っているラウネとアハーマ。

 彼女たち女性の身長で、草の上に上半身まで見えているのが不思議だとは思わなかったのだろうか。そこまで考えが回らなかったのか、なんだろうと関係ないと腹を据えたのか。


「「首級両斬(ディカピテーション)!」」


 陣形の両翼に位置した魔導師ふたりが攻撃魔法を放つ。高速で打ち出された魔力の刃が、二メートル近い草を切り裂きながら真っ直ぐラウネたちに向かって行った。

 ひょいっと、ふたりは飛び上がって攻撃を躱した。あの跳ね方、着地後の移動を見る限り<ワイルド・スライム>の上に立っていたようだ。高速移動した勢いのまま草のなかに潜って姿が見えなくなる。

 突進して行った帝国軍兵士たちは周囲を突き、薙ぎ払いながら通過。大きく弧を描きながら反復攻撃のため速度を上げ始める。進行方向がバラバラで、ラウネとアハーマを見失っているのがわかった。


「!」


 小さく悲鳴が上がった。草の上に覗いていた兵士の上半身が、いきなり馬体ごと消える。奥の方で、もう一体。手前でも、その近くでも。次々と弾けるように、血飛沫がブチ撒けられる。

 残るは、わずか三名。指揮官に当たる者が含まれているようで、すぐに陣形を組んで速度を上げ、距離を取って外周を旋回し始めた。


「これは、ひどいですね」


 マールが、モニターのなかで不満そうな声を上げる。彼女も二十五階層の作戦司令部で、同じ光景を見ているらしい。

 たしかに勝ち目はなさそうだが、それは想定内だ。マールの懸念している理由がわからない。


「思ってたより敵の質が低い?」

「はい。王国の領地軍はともかく、帝国軍はもう少し、まともかと」


 まだ王国内での勢力争いが続いている状況で、このエルマール・ダンジョンを攻略(おと)したとして、占領軍の利益にはならない。せいぜい少し先の不安材料が消えるくらいのことだ。

 この時期、この状況で帝国の尖兵が無分別な決死的行動に出るとしたら、本国からの厳しい譴責があるか、無分別な捨て駒を押し込んできているか。どちらにしても、帝国も考えがないか余裕がないか、あるいはその両方だ。


「占領される王国に未来はないですね」


 マールが、妙に平坦な声で言った。

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