マーチオブザマーチ
階層記述ミス指摘いただき、ありがとうござます。修正しましたー。
「てきー、いっぱい、きてるってー」
「え⁉︎ どこに⁉︎」
「さんかいー」
<ワイルド・スライム>の連絡網で連絡を受けた俺は、五階層の視察を切り上げる。まだなんも見てないのに……。
敵の侵攻があったのは三階層。実質エルマール・ダンジョンの最強戦力が布陣する、超無理ゲーなステージだ。突破される心配は、ほぼない。
「むしろ余ってんなら、少し下の階層に流してもらいたいな。“体内魔素”の供給的に」
「わかったー♪」
不安がないとはいえ、ダンジョン・マスターとして状況を把握しないわけにもいかない。
最寄りの拠点に向かうべきだろうが、いまは中途半端な位置にいて迷う。七階層の第二作戦司令部に戻るか、このまま上層に向かって三階層のラウネたちんとこに機能制御端末機能を置かせてもらうか。あるいは二十五階層コア前まで転移で戻るか。
ブラザーの背に乗って、移動を開始する。とりあえずは、上層に向かうことにする。
「ここはー、だめなのー?」
「六階層と五階層は、あんま乗り気じゃない。どうせ転移用の座標設定するなら、休暇のときにも遊びに来たいし」
「それじゃー、らうねと、あはーまの、おうちー?」
「あー、それなー」
ブラザーの口調がうつった。三階層の砦は生活設備も拠点機能も整ってるから、ほぼそのまま作戦司令部として使えて便利ではある。ただ、なんとなく新婚家庭にお邪魔したみたいな微妙な気拙さを感じなくもないのだ。
わざわざ女性ふたりのプライベート空間に割り込まなくても良くないか?
「どうしよっかな。いや、そんな悠長なことやってる場合じゃないんだけど」
あんまりグズグズしてられない。戦端が開かれる前に決めなくては、間に合わなくなってしまう。
主に、“敵が殲滅されてしまう”的な意味で。
「ますたー、えるでらの、とこはー?」
「お?」
それだ。あの湖。いつか暇ができたら、湖水にボートを浮かべて釣り糸を垂れるスローライフを夢見ていたのだ。いまは、それどころじゃないけどな。
「いいぞブラザー、ナイスアイディア!」
「えへへー♪」
「マール、聞こえるか?」
念話的な感じで話しかけると、少しのタイムラグがあってマールの声が返ってきた。
“はい。メイさん、三階層の状況は確認されましたか?”
「いや、まだだ。いま五階層から四階層に向かうところなんだけど」
モニターで俺たちの姿を見付けたのか、少しの間を置いてマールが納得した声を出す。
“おふたりから見て左奥、中央部の大木の樹洞が上階層への通路です”
「おっけー。それで、湖畔にコテージあっただろ。あそこを、もうひとつの作戦司令部にしたいんだけど、できるか?」
“了解しました。機能制御端末機能を接続しておきます”
「さんきゅー、すぐ向かう」
“少しだけ、急いだ方が良いかもしれません”
「え? なんか問題?」
加速してゆく<ワイルド・スライム>の背に揺られながら、ちょびっとだけ不安になって俺は尋ねる。アハーマとラウネが不覚を取るというイメージは、どこをどうしても沸かない。問題が起きるとしたら、だ。
“開戦早々、領地軍兵士が殲滅されてしまいそうです”
「だよね。ちょっと下の階層に流して欲しいって、お願いしたところなんだけど」
敵襲をことごとく防いでいるため、三階層だけ“体内魔素”の富栄養化がスゴいのだ。このままガールズ無双が続くと、草原は<倒立葬花>でいっぱいになってしまう。
正直、ダンジョン入ってすぐにそんなステージが待ち構えているのは勘弁してもらいたい。
「うん、いっとくー♪」
俺を乗せてくれてるブラザーがひょいと振り返って、にゅいっと伸ばした突端を指でも振るみたいにフリフリした。いまのコメントは、並行化した<ワイルド・スライム>と対話でもしてたのかな。
「いまー、いきのこり、はんぶんくらい、したに、にがしたー」
「おお、でかしたブラザー!」
「へへー♪」
ジャングルの中心にある大木を発見。マールの言う通り、樹洞はポータルゲート的な青白い魔力光を放っている。わずかに減速したブラザーが光に突入すると、周囲の光景が切り替わって薄明るい静かな場所に出た。
「とうちゃーく」
「ええと……いちばん大きな中島は、と」
「たてもの、あるとこ?」
「そうそう。そこは冒険者を入れたくなかったから、橋を掛けてないんだけど、隣の小島まで行って……ボート作るか」
“<ワイルド・スライム>でしたら、浮航能力もありますよ”
「ホント?」
「だいじょぶー!」
さすがブラザー、万能。みんなが有能過ぎてダンジョン・マスターどんどん影薄くなってくな。
ひんやり湿った感じの森を進むと、静かな湖畔に出た。霧の掛かった湖面は澄んでいるが深い蒼に染まってすごく神秘的な感じ。謎の生き物でも棲んでそう。いや実際、巨大な<水蛇>のお姐さんが棲んでるんだけどな。
“お気を付けて”
「ありがとう」
<ワイルド・スライム>は移動形態のままスイーッと湖面に入ると、そのまま水面を滑るように進み始める。
音もなく揺れもせず大きな波も立たないのに、体感で時速四、五十キロくらいの速度は出ている。推進機能がどうなってるのかはわからん。地面を進むときもなんで動いてるのかは不明だったな。ワイルドでスライミーな魔法かなんかだと気にしないことにした。
ときおり遠くで魚が跳ねるのは見えたが、それだけだ。目立った生き物の気配はない。岸の近くに水鳥の群れが浮いているが、こちらが近付いても逃げようとはしない。一羽が首を上げてこちらを見るものの、特に警戒した様子もなくそっぽを向かれてしまった。
「なんか、エラい静かだな」
「おっきー、まものがいると、みんな、あんしーん?」
うん。ちょびっと言葉は足りないが理解できた。あまりに強い魔物がいる環境だと、小物達の争いは起きないんだろう。敵対する者たちが入り込んでくる危険も少ないしな。寄らば大樹の陰、みたいな?
「ますたー、あったー」
霧のなかから、島のシルエットが浮かび上がる。湖ステージに点在する陸地のうちで最大、とはいえ直径百メートルほどしかない小島だ。
「おう、あれだ。南側……左の方に向かってくれ」
「わかったー♪」
島の周囲は安全のため、水面から三メートルほど垂直に切り立っている。上陸できる場所は、船着場のある正面側だけだ。島内に建てたのは、こじんまりしたログハウス風のコテージ。攻略者を迎えるダンジョン内施設ではなく、俺の私室用だ。来客も想定してないベッドルームと書斎だけの2LDK、バスルームは広め。
ハードスケジュールの【迷宮構築】で煮詰まってたとき、湖畔に夢のマイホームを建てちゃる、なんて現実逃避に作ったものだ。
実際に活用する日が、こんなに早く来るとは思わなかった。
船着場の横にあるスロープから、ブラザーはそのまま上陸して進んでゆく。すごいな、このホバークラフトを超える万能走破性。
「そんじゃ、なかでコンソールを……って、あれ?」
「おお、遅かったのう」
庭先に広げたデッキチェアで、<水蛇>の姐さんが優雅に寝転んでいた。
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