砂のなかの毛玉
「二十キロ見渡せる空間で床面積百平方キロだと幅五キロ以下しかない」との御指摘、ごもっとも。
他の話でもそうですが、数字関係は後で調整すりゃ良いやと雑に仮置きしがち。
反省。
七階層の視察を行って配置した仕掛け罠やお楽しみ要素、アイテムや魔物の確認を済ませた俺は、問題なさそうだと判断して六階層に移動する。
【迷宮構築】に時間と手間を掛けただけに、遊ばせ方の密度と濃度は満足いくものになっていた。俗に言う“やりこみ要素が満載”というやつだ。次の階層に行くのが損、みたいなモチベーションで縛るタイプの防衛線。しばらく滞在して本格的に攻略しちゃおうかな、なんてなればこっちのもんだ。“体内魔素”やら重要情報やらカネやらを落としてしまうギミックがいっぱいあるのだ。謎の自動販売機とか、魔力に反応する古文書とか遺跡とかね。欲の皮を突っ張らせた奴ほど引っ掛かる。せいぜい頑張って俺たちに貢いで欲しい。
アハーマとラウネは用が済んだとのことで、ひと足先に仲良く超高速で帰っていった。彼女たちの暮らす鉄壁の三階層も、そのうち訪問しなければならないのだろうけれども。正直、気が重い。
というか、怖いねんスケキヨ畑!
俺たちも七階層の廃墟フロアから移動を開始する。道中は移動形態になった<ワイルド・スライム>だ。ぷにぷにして柔らかいし乗りやすいよう落花生みたいな形になってくれてるから、リクライニング状態での高速移動。これは馬なんかよりよほど便利で快適だ。
「ますたー?」
「はいはい何でしょうブラザー、何か問題でも?」
「さばくー、あつい?」
「暑いねえ。少し涼しくしたけど、それでも四十度くらいあるからねえ」
四十度はいまひとつ通じてない風だけど、マールから聞いた話じゃ王国だと盛夏でも三十五度くらいだって教えると、何となく理解したようだ。ブラザー賢い。
「おうち、つくる?」
「あそこは要らないかなー。滞在しても遊べるわけじゃないし。三階層の草原と……せいぜい四階層の湖に作るくらいかな」
「そこー?」
「そうそう。ゆっくりね」
廃墟フロアの端に、上層階に向かうスロープがある。途中でダンジョン・スキルの【連結】による転移を挟むのだけれども、通過する攻略者からは通行税的に魔力を徴収するようになっている。ちなみに魔力量とランクが高い順に徴収量が多い累進課税。こっちも生業なんで。
「ぅあづッ!」
「あちゅいねー、ますたー」
画面上の確認と数字上の調整はしてきたけど、訪れるのは初めてだ。四十度の暑さをナメてた。乾燥もヤバい。方向感覚失いそうな単調で殺風景な風景もヤバいし、なんか遠くで吹き荒れている砂嵐みたいのもヤバい。転がってる動物の骨とか、こんなもん配置した覚えないからリアルで死んじゃった生き物だ。
「ブラザー、脱出! 最短距離で五階層に抜けよう」
「わかったー」
五階層の床面積は、たしか五千数百平方キロメートル。ダンジョン・ランクが上がったことで拡大した床面積を調整せず、そのまま放置した水平方向に広いフロアだ。縦横それぞれ七、八十キロ。先に進む攻略者の数を調整するのには良いかもしれんけど、レベルデザイン的には手抜きである。延々と移動させられるだけで微塵も面白くないので、後ほど何か考えよう。
「あの岩みたいのの先、十クロニムくらいで上層に抜けるスロープがあるはず」
「わかったー」
パリダカールラリーのバイクみたいな高速で、俺とブラザーは砂漠を走り抜ける。砂嵐は進行方向が違ったようで近付いてこない。あんなもんに突っ込んだら、ダンジョン・マスターでも関係なく砂塗れになってしまう。
「ねえねえー、ますたー、なんかいるよー?」
「人間じゃないよな。魔物か?」
うん。さっきランドマークとして見付けたの、岩じゃなかった。見た目は岩っぽいので判断に迷うけれども、砂丘の上で蹲っているモッサリしたシルエットは何か毛の生えた生き物だ。
【鑑定】を掛けると<砂漠大猫>と出た。
「デザート……はともかくキャット要素ないな」
「にゃー」
「あったわ」
俺がダンジョン・マスターとわかったのか単に助けを求めてるだけか、弱々しく鳴く<デザートキャット>は身体を伸ばしてブルブルと砂を振り飛ばした。
「おお、なんか猫っぽい風貌になった」
さっきまで砂で覆われて丸まってたから、岩っぽく見えてただけか。長くなったら体長は二メートル半ほど、尻尾を入れたら三メートルくらいある。ちょっとした虎サイズだが、見た目は砂色のネコ。砂漠への適応なのか、手足が大きく広がっていて、肉球あたりに毛が密集している。
「にゃ……」
「みずー、ほしいってー」
「なるほど」
砂漠のなかにも井戸の生きてる集落跡や湧水の滲み出る岩場を配置したはずなんだけど、全体の面積が広大すぎて水場のないエリアが生まれてしまうわけね。
少し考えて自分の【空間収納】を探り、小さめの樽を出す。どこかで拾ったか奪ったかしたんだろうけど、覚えてない。まあいい。中身は水……嗅いでみるけど、たぶん腐ってはいない。
蓋を取って目の前に差し出すと、ホッとした顔で舐め始めた。猫の仲間だけあって、飲み方がエラい下手である。ビチョビチョ溢しながら小樽をひとつ空にすると、再びにゃーと鳴いた。
「あと何個か置いてっても良いけど……ここに置いといても蒸発しちゃうだけだよな」
とりあえず満足したらしい<デザートキャット>の耳の後ろを撫でると、くすぐったそうな顔で鳴く。
「やっぱダメだな。これ……どっかにわかりやすいオアシスくらい作らないと、誰も生きていけなくなっちゃう」
「ますたー、いきてかないと、ダメなのー?」
魔物や生き物は、大事な資産だから守らなきゃダメだ。
でもブラザーが言ってるのは、たぶん攻略してくる連中だな。彼らが苦労するのは良いんだけど、みんな死んじゃうってのも、やりすぎじゃないかと思っちゃうんだよね。ほら、攻め込んでくる兵士はともかく、冒険者の場合は長期的視点で見るとダンジョン側にとって客という名の資産なわけだし。
「とりあえず、機能制御端末のあるところに帰ったら、水場の数を増やすよ。もうちょっと頑張ってな?」
移動形態の<ワイルド・スライム>に乗った俺が手を振ると、<デザートキャット>は不思議そうな顔でこちらを見送ってくれた。
【作者からのお願い】
十七万文字超えちゃいましたが(予想通り)終わりは見えないです。
そこそこ喜んでもらえてるみたいだから良いかな。
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