抜け道と抜け殻
「きゃんぴん?」
「屋根裏に入り込まれて、寝泊まりされる感じかな」
ダンジョンは、取り扱うデータが重くなると比較的簡単にコアの処理能力を超える。過負荷から機能低下や機能不良が発生、無理が続くと機能停止が起きる。この辺りの厭らしさはこの世界の理を作った何者かの嘲笑的な悪意を感じる部分だ。
ダンジョンのランクが上がればコアの能力も嵩上げされるけれども、処理する階層や配置物も膨大になるため結局のところは常にギリギリの調整を強いられる。そして安全策を取れば、ダンジョンは単調なものになる。
俺は各階層ごとに区切って、使用されてない状態では配置物を非表示設定にした。言ってみれば使ってない部屋の電気を消すようなもの。この機能は機能制御端末の詳細設定にあり、見つけ出したのは偶然だ。ふつうはウンザリして確認などしない膨大なチェックボックスのひとつだった。
階層内の生き物は当然オン/オフなどできないので、彼らも彼らの棲息環境もそのまま維持。入り口から最深部への連絡を遮断するとエラーが出るから、通行可能な最低限の順路だけは残しておく。
非表示にするのは攻略者が通過する以外の、階層の外周域に置かれた地形要素。魔物や生物に必要な棲息環境を除く、森や山や岩場など。ゲームで言えば視覚的表層や遠景に当たる部分だ。
それが失敗の原因だった。非表示になった階層で行動の自由を得た侵入者が想定外の位置に移動、表示の切り替わるタイミングで外周部分の隙間に入り込んでしまったのだ。
「もう使ってない一、二階層に回り込んで息を潜めてるなんて思わんもん……」
もちろん、俺のミスだ。攻略者が想定外の動き方をしたからバグは自分の責任じゃない、なんて理屈は通用しない。問題が起きたら、責任は制作者にある。
「何者かは知らんけど、とりあえずダンジョンの正規ルートに戻そう。このままだと、どんどん隅の方に行っちゃいそうだ」
「はしっこで、おっこちたり、するー?」
「いや、それは大丈夫……だと思う」
俺も外縁部の設計範囲外に入る対策はしてあった。担当の魔物とか配置したアイテムが溢れないようデータは階層ごとに区切ってあるし、当たり判定も広めに取ってある。
その切り替え設定を誤ってたら意味ないんだけどな。
「ころしちゃ、だめ?」
「だよなー」
ゲームデザイナーではなく、ダンジョンを守る魔物としては当然の疑問だ。遊びじゃねえんだから敵は排除しろよと言われれば反論はしにくい。むしろ、ブラザーの意見が正しいのだ。
姿を消して息を潜め、最深部を目指している以上、敵対する相手だということはハッキリしている。
「マール、近くに<インヴィジブル・スライム>はいないか。殺す前に、相手を知りたい」
「わかりました。少し距離がありますが、視覚と聴覚を調整します」
コンソールの画面に映し出された映像が揺らいで、体表面温度測定みたいなものに切り替わる。音声も少しガサガサしたものになったが、音量が上がって心音や呼吸音が聞こえるようになった。
「……どう、なってる……ここは……」
「……ダンジョンの、舞台裏、だろう……」
「……このまま、コアの間まで、踏み込めれば……」
「……駄爵に、とどめを……」
「……いや、拙い。本国の意向は、契約で縛って、隷属させろと……」
国外の紐付きか。これは排除して問題なさそうだな。
結果など半ば確定していたのだが。なにせ友好関係にある勢力もなければ、その可能性がある勢力もないのだ。
「ブラザー、排除だ」
「りょー、かい♪」
ふにょんと跳ねると、画面が高速移動中の視覚映像に切り替わる。侵入者の近くにいた別の<ワイルド・スライム>が対処に向かってくれるようだ。
「……なにか、来るぞ」
侵入者の連中は手練れらしく危険を察して武器を抜き背中合わせで全周警戒に入る。低く身構えた彼らが持っているのは、細くて撓る短めの細剣。見たことのない武器だが、兵士など正面戦力が持つものではない。隠密行動を主とする暗殺者タイプのようだ。
「……ぐッ」
円陣の背後から胸板を貫かれて、ひとりが崩れ落ちる。後ろを取られることは想定していなかったらしく、反応が遅れた隙にひとりが首を刎ね飛ばされ、もうひとりは臓腑を溢しながら倒れ込む。
“はなし、きく?”
対処に当たってくれたブラザーから念話が届いた。最後のひとりは転がっているが、まだ生きてはいる。もがくだけで動けないところを見ると、手足の腱が切られているようだが。
「そうだな。頼む」
“わかったー♪”
<ワイルド・スライム>は、ひょいっと跳ねて男の前に立った。
「きみら、だれー?」
恐怖と屈辱に歪む顔が、ブラザーの視界にアップで映る。<ワイルド・スライム>の身体の一部が伸びて男の頭に触れた。相手は首を振って逃れようとするが、力負けしてビクともしない。
「触るな、化け物め! 答えると、でも……思っているのか!」
「うーん……きみの、おくに、いるのはー……」
ブラザーは、男の話を聞いてない。ポソポソと囁くような声で、何かを話しかけているようだ。いや、思考を読み取っているのか。モニターの視界外に映っている<ワイルド・スライム>の先端は、男の頭に差し込まれているように見える。
「へー? てーこく、だね?」
男の目が驚愕に見開かれ、顔が蒼褪めてゆくのがわかった。目から光が喪われ、ポカンと呆けたように口が開かれる。
「おーこく、のみこむ?」
「……ああ、そう、だ……」
「だんじょんも? みーんな?」
男は、ニンマリと幸せそうに笑った。
「……ああ、とうぜん、だ……」
ジャンル「恋愛」にしたらランキング有利だよ!なんてコメントいただきましたが、その是非以前に恋愛要素なんてこの話のどこにも微塵もないです本当にありがとうございました。
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