お客様は何様です
「ますたー♪」
「おう、ちょっと頼めるか?」
ひょいひょいと跳ねてきた<ワイルド・スライム>が、また移動形態で俺を乗せてくれた。
「どこまでー?」
「あそこの、てっぺんだ」
指差したのは、高さ百数十メートルのタワー型ビル。傾いたり倒れたりしてるビル群のなかで直立状態なのはそこだけなので、逆に少しだけ違和感がある。
裾野が広がる形なので、勢いつけたら駆け上がれそうに見える。東京タワーと横浜ランドマークタワーを足したようなデザインで、ちょっと凝ってみた……ん、だけど。
「待って、ブラザー速い。その勢い不安になるから、いっぺん減速……」
「そーい♪」
「ちょーいッ!」
俺はビルの内部を移動して欲しかったのだけれども。そのために内部構造も結構ちゃんと作り込んであったんだけども。
思いっきり加速してスロープ状の構造物を駆け上がり、そのままパチンコ玉のようにビル側面を上昇。あっという間に頂上を超え上空高く跳ね上がると、ぷにょんと天辺に着地した。
「……ま、マジか。……死ぬかと思った」
「ますたー、きもちーねー?」
「ああ、うん。頭がファーってなった」
加速Gで失神しかけていたのだが、ブラザーはコロコロと楽しそうに笑う。可愛いから、いいけどさ。俺はたぶん、落ちても死なんし。体験すんのは絶対に嫌だけどな。
「そこ、開けたら下に降りれるはず」
「おっけー」
屋上は展望台になっていて、柵とベンチが設置してある。中心部分は少し高くなっていて、ヘリポート的な構造。そのうち何か移動手段を手に入れたときのため、だったんだが。いまはノープランで、ただのお立ち台だ。
ビル内に降りる階段でつながっているのは、目的地のエルマール・ダンジョン第二作戦司令部。ちょっとゴージャスな居住空間だ。コア本体は最深部にしかないので、マールに頼んで機能制御端末機能だけ接続してもらった。ちょっと画像や反応に時間差があるようだけれども、ほぼ同機能が使える。
電源と水道とガスが供給されてるので、暮らすのに不便はない。食糧は必要なら【空間収納】で運ぶ。そもそも俺はダンジョン・マスターになって以来、食事や睡眠はさほど必要でもないようなんだが……少なくとも気持ち的には、必要だ。食わない寝ない遊ばないなんてのは、人ならざるものになってしまったようで寂しいのだ。
「マール、聞こえるか?」
「はい、メイさん」
コンソールのモニターで、マールが首を傾げるのが見えた。
「いま七階層ですか?」
「うん。第二作戦司令室に来てる。機能は問題ないみたいだから、ここの座標を記録しておくよ」
「わかりました。移動可能なように設定しておきます」
訪問の目的は、各階層の拠点に移動ポイントを作ること。王国やらダンジョン爵やらゴタゴタに巻き込まれて現実逃避してるわけではないのだ。本当なのだ。
「ますたー?」
「うん、大丈夫。ちゃんと仕事してるよ、ホントだよ」
「ねー、ますたー、これなに?」
ブラザーは身体のてっぺんをニュイッと伸ばして、コンソールの画面に映った外の映像を指す。
あら、サボりを指摘したかったんじゃないのね。
「なにって、ええと……なんだろ」
画面が小さかったので、指で押し広げしてみる。ちょっと画面が暗いな。最深部でコアの表面に映し出されていた映像と比べると、やはり少し解像度も低い感じはする。
映っていたのは、侵入してきた何者かの朧げな姿だ。何かのスキルか隠蔽魔法か物理的偽装か、あるいはその複合使用か。シルエットがぼやけて、よく見えない。
たぶん人間。それも四、五人いる。冒険者か暗殺者の集団だろうか。正体が何であれ、あのコソコソ具合からして友好的な相手じゃないのは明白だった。
「この視覚……誰だろ」
「えーと……いんびじぼーすらいむ、かなー?」
言えてない。けど可愛いからヨシ。
<インヴィシブル・スライム>は、<ピュア・スライム>から分かれて進化したブラザーの親類。彼らは外見も気配も“体内魔素”の反応も消して、ほぼ完全な不可視状態になれるのだ。
戦闘や移動、コミュニケーションなどの諸能力は最低限という感じだが、それを補って余りあるほどの逸材。たまに間違えて踏んでしまうのが玉に瑕である。
「マール、いまこちらのモニターに出ている映像の、場所はわかるか?」
「七番、と……十二番。五階層の最西端ですね」
「おい嘘だろ?」
もうそんなところまで敵に入り込まれたってことか? ラウネたちの三階層も、<水蛇>のエルデラが遊弋する四階層も発見されずに突破して? 彼女らの索敵能力を考えれば、とうてい信じられない。
だいたい、五階層はジャングルと湿原だ。でも映像にはそんなもの映っていない。むしろ彼らの背後にあるのは、殺風景な薄暗い空間だけだ。
西の端だろうとどこだろうと、五階層にこんな場所を作った覚えはない。
「……いや、待てよ」
「ますたー、どしたのー?」
懐かしくも苦い思い出が蘇る。ゲーム屋の新人時代にやらかした、ごくごく初歩の、だが致命的なミス。
コンソールを操作して、【迷宮構築】の設定を再確認してゆく。
「……ああ、もうバカ」
「えー?」
「もー馬鹿バカ俺のバカー! なにやってんだ新人からやり直せよ、もー!」
ムキーッと悶えながらジタバタする俺を見上げて、<ワイルド・スライム>は不思議そうに身体全体を傾げる。
「ますたー、どしたのー?」
「……俺の設計ミスのせいで、キャンピングされちった」
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