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虚なる街にて

ビルの高さとか調整

「さて、マール。ちょっと七階層の確認に出るんで、少しここ頼めるかな」

「七階層? ……はい。おひとりで大丈夫ですか?」

「うん。<コボルト>たちを配置してるから。あと、<ワイルド・スライム>がひとり移動に付き合ってくれる」


 俺はエルマール・ダンジョン最深部、作戦司令室(ヘッドクォーター)――というほどのこともない居住空間――を出て、上層階に向かう。いつの間にやら二十五階層にまで育ってしまったため、地味に移動が大変なのだ。

 いっぺん行った場所ならば座標を設定できるのでダンジョン・スキルの【連結】を使って転移が可能なのだけれども。まだ【迷宮構築(ビルド)】したばかりの七階層は座標がハッキリしていない。高低差の激しい建物が密集した構造なので失敗すると痛い目に遭いそうだしな。


「ブラザー、頼めるか?」

「おけー♪」


 ある程度の変形と膨張が可能な<ワイルド・スライム>のミラクルボディは、俺を乗せて高速移動ができる。彼らの“転移”スキルは短距離に限るみたいだけど、“疾走”スキルは長距離の高速移動も可能。文字通りの爽快な疾走感があって気持ちいい。パワフルでフワフワな乗り心地は、昔ちょっとだけ乗った大型スクーターみたいだ。

 移動速度だけでいうと<ハーピー>の方が速いんだけど、あっちは性格的にも機動性もスリリングどころじゃなく怖いからな……


「ますたー、ここは、これからー?」

「そうだな。八階層は少しだけ組んだけど、九から二十四階層までは単色の仮素材(グレーボックス)だ」


 最深部を出てすぐは、素っ気ない矩形ばかりが広がる薄暗いフロアが続く。

 その分ショートカットは楽で、通過に時間はかからないけど。


「さんかいが、もりでー、よんかいが、みずーみ、だよねー?」

「そう。五階層は、湖の排水を兼ねてジャングルにした」


 水辺が好きな<ブルー・スライム>に、湿気のある森が好きな<女妖蜘蛛(アラクネ)>や<樹木精霊(トレント)>、泥んこを好む<泥濘亜狼(マイアコヨーテ)>と<沼田場鹿(ヌタジカ)>、あとは……行き場がなかった<尸喰小鬼(ゴブリン)>を配置してる。


「あの、とらも?」

「そうそう、みんなが連れてきてくれた<密林大虎(ジャングルタイガー)>な。あんなデカいと思わなかったけど」


 見た目はふつうの虎なんだけど、体長なんと十五メートル(ニム)。最初に見たときは、遠近感おかしいのかと思った。口を開けたら俺くらい縦に入れそうなサイズ。契約したダンジョン・マスターだから喰われないとわかってはいるんだけど、前に立つとチビリそうになる。


「そこまでジメジメ系で来たから、六階層は砂漠にしたんだけど」

「あつーい、とこねー?」

「そうそう。スライム系は苦手そうだな。そんで、まだ配置する魔物がちょっと少ないかなー」


 砂漠といってもランドマークがないと単調なので、上層と繋がった高い岩山を置いた。平地にも枯れ川(ワジ)が縦横に走っていて、上層階の水が溢れるとそこに濁流となって流れ込む。


 魔物の迷子対策と安全確認のために<半鳥女妖(ハーピー)>が哨戒してくれてるけど、常駐してるのは熱に強い<レッド・スライム>くらい。最初は他のダンジョン出身の<甲殻土竜(シェルモール)>と<光媒質蚯蚓(エーテルワーム)>、<群居羽蟻(ハイブアント)>を配置してみたけど、熱と乾きで早々に音を上げてしまった。


「いっぺん温度を下げて、湿度を上げてみたんだけど、なんか花畑とかできちゃってなあ……」

「はなばたけー、きれいだったよー?」

「うん。たしかに綺麗だったけど、それは砂漠でやらなくてもいいかな」


 いまはブラザーたちがどこかで捕獲(リクルート)してきた爬虫類と、<砂漠大猫(デザートキャット)>なる小さめの豹みたいな生き物が何頭か暮らし始めているようだ。


「ますたー、そこ、あがるよー」

「おう」


 話をしているうちに、七階層に到着した。相変わらずブラザーのライディングモードは安定した快適な走り。


「「「わふーん」」」

「おー、みんな出迎えありがとう」


 <コボルト>と<ラッシュ・コボルト>の一団が、わりと整列する感じで待っていてくれた。

 デフォルメされた人狼、みたいな外見の彼らは種族的な性格なのか集団行動と階級意識がキッチリしてる。古株な上に格上でもある<ワイルド・スライム>は自分たちの上位と考えているようで、仲が良いのだが兄貴分に対するような敬意が感じられた。


「ますたー、これ、なーに?」


 七階層に配置された構造物を見て、ブラザーが首を傾げる。いや、首はないので身体全体を、だけれども。


「これな、廃墟だ」

「はいきょ……つぶれた、まち?」

「そう。よくわかるな」

「こんなの、はじめてー」


 ウチの<ワイルド・スライム>は口調こそ子供っぽいけど、知能自体はかなり高い。そして勉強熱心で、知識量もかなりある。廃墟という言葉も、廃村とか廃砦としてなら理解できるのだ。


「これは、こっちの世界……王国にはないものだからな」


 俺がイメージして作り上げたのは、廃墟になったビル群だ。当然この世界の人間には理解できないだろうが、それで良い。見る者が何かしら超文明の残骸とでも思ってくれればそれで良い。


「ますたー、これ、うえまで、どのくらい?」

矩形(ハコ)としては、いちばん長いので二百メートル(ニム)くらい、だったかな。ほとんどが埋めたり傾けたりしてるから、地面(ここ)からの高さは百ちょっとだろうけど」

「すごーい! のぼって、いいー?」

「いいけど、落っこちないようにな」

「だいじょぶー♪」


 そらまあ、大丈夫だろうな。よく考えたら、移動も転移も変形も自由自在で無敵に近い<ワイルド・スライム>先生が、数百メートルの落下でダメージを負うようには思えん。


「わふーん」


 御用は何でしょう、な感じで控えてくれてる<ラッシュ・コボルト>のリーダーに、俺は今後のプランを説明する。


「君たち<コボルト>チームは、ここで魔物の管理と調整をお願いしたいんだよ。冒険者たちが本格的に入り込んでくるようになったら、一定数はここで暮らし始めることも想定してるからさ」

「わふ?」


 なんでまた、と思うのは当然ではある。本来は攻略に来た冒険者を歓迎する義理などないのだからな。

 でもエルマール・ダンジョンでも七階層は俺の趣味だ。あちこちに置かれた古代文明の謎を解くと、ご褒美のアイテムが出てくる。ダンジョン攻略なんて、そのくらいのワクワク感がなくちゃ面白くないだろう。

 六階層までがハードモードすぎて、どうせ選ばれた冒険者しか到達できないのだ。ここまで来られた猛者たちには、逆にここで長期滞在(ちんぼつ)してもらおう。

 配置されたアトラクションで“体内魔素(オド)”や情報を落としてもらうので、ギブ&テイクだ。

 先に進めないほどの魅力を演出するために、魔物以外の食用可能な動植物も配置した。七面鳥みたいな飛ばない鳥と、繁殖力の強いウサギ。そのままで食べられる、木の実と果物と野草。

 あとは、ビルの地下に降りると綺麗な湧き水が溜まっていて、食べられそうな魚が群れ泳ぐ姿が見透かせる。

 視察してみたら、ビルの上階から差し込む光を浴びて水面が輝き、その下で大小の魚鱗がキラキラして素晴らしく絵になる光景だった。自分で【迷宮構築(ビルド)】したものなのに、モニターで見るのより何倍も素晴らしい。うん、落ち着いたら俺もここで釣りをしよう、そうしよう。


 廃墟ステージに配置した魔物は、<コボルト>と<ラッシュ・コボルト>の他に、砂漠地帯でメゲた<群居羽蟻(ハイブアント)>の集団を異動させた。入り込む冒険者の想定数が少ないので、魔物たちの数もそう多くない。

 むしろここの魔物のメインは、雰囲気出しのために用意した<石質虚人(ロックゴーレム)>と<珪酸化虚人(シリカゴーレム)>だ。

 非生物系の魔物だから、運用だけでいえば砂漠に向いてるんだけど。古代の超遺跡といったら人工生命体と古代兵器ロボだろうと思って張り込んだ。


 階層の外周部分は崖や崩落地下空洞(シンクホール)で分断されているし、見た感じ危険そうな罠や高低差もあるので、移動可能な床面積は極端に少ない。が、その移動には頭と時間と体力を使う。訪れた者を飽きさせない工夫を詰め込んである趣味的空間である。我ながら、確認していてもけっこう楽しい。


「俺は、ちょっとここいらを調べてるから。何かあったら知らせてな」

「わふ!」


 俺はコボルトたちに後を任せて鉄筋の橋を渡り、南西のビル群に向かう。二、三十ある廃ビルのなかで、ひとつだけ機能が生きているビルを作っておいたのだ。

 ダンジョン・マスターの職務に疲れたら、休暇を過ごすための別荘として。

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