嘆きの水龍
「……すみませんでしたー!」
「「でしたー!」」
俺とマールの号令で、<ラッシュ・コボルト>と<ワイルド・スライム>たちは一斉に土下座の姿勢。ブラザーたちは球形だから土下座なのかなんなのかよくわからんピコピコした上下動だけどな。
そして俺たちの前には、ムスッとした和装っぽい黒髪の美少女。この世界じゃ違和感すごい。
「ええと、それで……<水蛇>さん?」
「エルデラじゃ。水蛇やらいう呼び方は好かん。この地に巣食う人間どもは勝手に呼びよるが、ウチは蛇ではないわ。失敬な」
さっきまでの姿を見た感じは完全に蛇だったけど、ここは黙って頷いておく。はい。
人化できるなら最初からそうしてくれたら良いのに、とも思うが休眠中には本来の姿でいるもんなのだろう。結果的にであれ勝手に眠ってるとこ拉致してきた俺たちがとやかく言える問題ではない。
「なんでまた、こんなことになったの」
「待て待て。此奴らの主人であるお主がそれを問うか?」
「もちろん管理責任は俺にあるけど、彼らに依頼したのは、このエルマール・ダンジョンに勧誘できそうな魔物を探して集めることだけだよ。そんなご近所に聖獣やら神獣やらが眠ってるなんて話は聞いたこともない」
首傾げられた。何で知らんのだ、みたいな顔されても知らんもんは知らん。
どうしたもんかという感じで俺たちを眺めていたエルデラは、ふとマールを見る。魔力の籠もった視線の感じは、俺の【鑑定】に近い能力だろう。
「そこな女子、なんぞ精霊の類であろう。お主ならば知っておるのではないか?」
「ええ、はい。“聖贄”として封じられた龍がいたとの記録はありました」
「それじゃ」
「最も古い記録によると四百数十年前、まだ王国の建国前ですね。わたしたちダンジョン・コアも分身体を持たない魔珠でしかなかった頃です」
国を名乗る大小の武装集団が生まれ、魔物を駆逐し人間の居住地を広げようと、血を血で洗う闘争を続けていた時代。
現在の王国中北部にあったエイルケインという大湖に棲む<水蛇>は、湖水の“外在魔素”が汚染されたことで狂乱状態になり、時の大魔導師によって封印されたそうな。
神の怒りを鎮めるための“聖贄”として祀られていたようだが、汚染そのものは戦乱の時代、無秩序に使われた攻撃魔法の“体内魔素”と死者の怨念が溜まった結果だそうな。
「ウチなんも悪くないじゃろがい!」
「そっすね。いや、俺に言われても困りますが、はい」
「しかも封印したまま忘れよって。挙句に湖まで干上がらせるとはどういう了見じゃ!」
たしかに、もう王国中央部に大きな水源はない。いま王国の水資源を一手に引き受けている――そして生殺与奪の権として利益を独占している――のは、北端ドルムナン・ダンジョンだという話だ。
長い月日の間に、地下水脈をダンジョンに引き込んだか、山脈から流れる支流の流れを変えたか。エルデラからすると、ひとんちに何してくれてんだって話ではある。
「封印って、どうなったの?」
「ふーいん、これー?」
「わふーん?」
<ワイルド・スライム>がひらひらと見せてきたのは、呪符っぽいような布の断片。<ラッシュ・コボルト>もバラバラになった鎖の切れ端を見せてくる。それかどうかは知らんが、それっぽい。
「なんか、うまってて、なんだろーって」
「うん、それで?」
「えい、って」
壊したらしい。なんだろーで魔物に封印を破壊された大魔導師、大丈夫か。四百何十年の間に風化してたのかもしれんけどな。
「そんじゃエルデラ、たぶん戻るとこもないし、エルマールで暮らさない?」
「……軽いのう」
「ええと、元あった水源を奪還するなら、それはそれで協力することも吝かではないけれども」
ドルムナン・ダンジョンと交渉したところで、自らのアドバンテージを引き渡すとは思えん。となれば攻略して水資源を解放させるしかない。できなくはないと思うが、あんまメリットもない。
俺たちにとってもそうだが、エルデラもだ。何度か見た上空映像だけでも、中北部は生き物が暮らしやすい環境には見えなかった。
「エイルケインの湖水は、もう戻らんのか?」
「水を引くことはできるかも。元の湖が再生するかどうかは環境と時間、あとは運次第かな」
「それは……どうでしょう」
マールがブラザーたちにエルデラの回収地点を訊いて、<ハーピー>からの上空映像をコアに映した。
上空から地形を見る限り、湖だったという面影はあまりない。俺たちは画像を確認しながら、湖水再生の可能性を検討する。
「この辺りが、湖底でしょう。南側は崩されて原型を留めていませんね。なにか貴重な採掘資源があったんでしょうか」
「魔珠と魔石じゃな。元々が湖底は、魔物の死体が流れ込む場所じゃ」
なるほど。掘り尽くして遺棄されたか。
そのときエルデラは発見されなかったんだろうか。封印されてるのを知って放置したか。
「マール、この縦横に伸びた線は、川か?」
「灌漑用の水路ですね。湖水が枯れるまで、周囲は緑地だったんでしょう」
湖底はかなり大規模に崩され、水路は広域に伸びていた。これを塞がないことには、他から水を引いても抜けちゃうな。<ハーピー>に頼んで、少し高度を下げて旋回してもらう。角度を変えて測定すると、湖の周囲をかなり盛り土で固めないと水が漏れることがわかった。
「……どこにも、水がないのう」
そうなー。エルデラの言う通りだ。水がないというか、周辺に緑がない。石と砂と乾いた土だけが、延々と広がる不毛の地だ。
「“外在魔素”が枯れてるんでしょう」
「……もう、ええわい」
エルデラはガックリと肩を落とした。年齢不詳の美少女は、急に老け込んだような顔で笑う。
「お主らのところで、世話になる。縄張りの内に、静かな水場はないかの」
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