末裔と末路
当然ながら、提案は断った。
断るに決まってんだろ、あんなもん。自分たちの厄介ごとに引き込もうとしてるの見え見えじゃねえか。
「メイさん、良かったんですか」
「もったいないです、マスター」
珍妙な使者を追い返した後で、マールとラウネが不思議そうに尋ねてきた。その後ろでアハーマまで、うんうんと頷く。
「そうだぞ、ご主人。王配になれば、やりたい放題だ」
「嫌だよ。こんな滅びかけの王国で、やりたいことなんてないし。傾いた簒奪王朝の末席なんて。ラストエンペラーかっつうの」
「らすてんぺらー?」
「あーっと……あれだ。後始末させられるだけのお飾り、ってことだよ」
どのみち王国は滅びる運命なんだろう。誰が誰と組もうが逃げようが足掻こうが、あるいは火事場泥棒に勤しもうが、好きにすりゃいいけど。俺たちが巻き込まれるのは真っ平だ。
こんな国は要らん。王女も王配の座もだ。王都の事情を知るマールは理解を示すが、魔物と魔物っぽいガールズにはイマイチ理解されず。ブラザーは興味もなさそうな平常運転。
もともとダンジョン爵ってのは、“後始末をさせられるだけのお飾り”だからな。もしかしたら使者も王都の連中も、ダンジョン爵なら提案に乗ってくるかもと思われたんだろう。軽く見られてんのは理解してるが、ずいぶんと馬鹿にされたもんだ。
「王都や王国の未来がどうであれ、エルマール・ダンジョンが狙われ巻き込まれるのは確実だ。だったら顔も知らん王女や崩れた城なんて無視して、ここで防備を固めて守りに徹する」
「わたしは、メイさんの決定に従います」
「うむ。では、わたしとラウネも、ご主人の役に立てるよう全力を尽くそう」
マリアーナ・ダンジョンのマスター、クジョーが言ってた。王国最古のダンジョンとして。初代のまま敗北知らずのダンジョン爵として。常に義務と責任と理不尽なヘイトばかり背負わされてきた彼が、最期に言ってた言葉。
“次はお前の番だ”って。
あのときはピンとこなかったけど。
このクソみたいな国のスケープゴートとして、クソみたいな奴らの矢面に立つ役割。自分は死を以てその座から降り、晴れて俺の手に引き渡したって意味だ。
「冗談じゃねえよ」
俺はコアのある最深部に戻る。どいつもこいつも、死に急ぐ馬鹿ばっかりだ。
こんな国、みんな滅びてしまえ。
◇ ◇
「エイダリア、こちらの残存勢力は」
ダンジョン・マスターのアイルは、機能制御端末を操作しながらコア分身体に尋ねる。
「<厖大虚人>二、<群居羽蟻>十四、<塵塊粘球>三十六」
「<鋳型甲亀>はどうした」
「魔導師団の複合攻撃魔法で、前脚を潰されました。かろうじて生きてはいますが、この後は嬲り殺しでしょう」
「……くそッ!」
城を崩していた<ヒュージゴーレム>の一体が、“体内魔素”を使い切って動きを止める。高さ四メートル近い巨体がゆっくりと倒れ込んで、崩しかけていた柱と梁を粉砕した。
王城の傾きがキツくなる。崩落の勢いも増してゆくばかりだ。王国を潰すまで、あともう少しだというのに。
城の内部に残ったのは逃げ遅れた使用人や文官、逃げ場をなくした王族とそれに付き従う役目の近衛兵たち。それもずいぶん逃げたり死んだりで数を減らしている。衛兵の多くは、すでに占領の初期段階で王都と運命を共にした。
主戦力として無慈悲な蹂躙を繰り広げてきた<ヒュージゴーレム>も、残るは一体。体長三ニムを超え、強靭な外殻を誇る<キャストタートル>も喪ってしまった。
金属質の粘体である<スラッジ・スライム>は、武装した兵が相手では無力だ。<ハイブアント>は体長一メートルほどのアリ。甲殻も鋭い歯も蟻酸も人間にとって脅威ではあるが、数が揃ってこそ意味がある。傷つき“体内魔素”も消耗した個体が十四では戦況を変えられない。
「エイダリアから出した増援は」
「移動中に、東領の領地軍と思われる戦力から攻撃を受け、連絡が途絶えました」
当初は協働していたモルガ・ダンジョンとマリアーナ・ダンジョンの魔物たちも、ダンジョン・マスターを倒されたことで統制を欠き、逃げたか倒されたかで喪われたようだ。最初から期待してはいなかったが、最後に残ったのが自分だけだったことに乾いた笑いが漏れる。
「ダンジョンに、侵入者は」
「ありません」
モルガやマリアーナは、エルマールから送り込まれた刺客に潰されたようだが。なぜかその戦力がエイダリアに差し向けられる様子はない。
敵わないから、ではないことくらいは理解している。王都侵攻で本体が無防備になっていることなど、誰にでもわかる。だとしたら、こちらを敵だと思っていないか、放っておいても自滅すると踏んだかだ。
もう時間はない。アイルは死を覚悟するとともに、不思議な高揚を感じていた。
「禅譲、か」
自分でも無意味な要求をしたものだと笑う。王座を求めたことなどない。手に入れたところで王都は廃墟、王国も周辺国に蚕食されるだけのゴミだ。考察的な交渉を強いることで敵の戦意と戦力と戦費を縛り削るのが狙いだったというのに。
「そんなものは、最初からなかったというわけだ」
<ヒュージゴーレム>の前に、揺らぐ柱が見えた。叩き壊せと命じる前に、強度限界から自壊を始める。誰にも、逃げる余裕などない。城の上部構造物が丸ごと降り注いで、城内に残っていた人間と魔物を石材の瀑布で押し潰した。
「マスター、王が」
息を吐いたアイルは、コア・アバターの声にコア本体を振り返る。そこには、瞬く光が映し出されていた。青白い魔力光が消えると、折り重なった瓦礫のなかに転がる男の姿があった。
身を守る呪符か魔道具によるものだろう。満身創痍の王は、かろうじて命だけは取り留めていた。
「動けるものは」
「<スラッジ・スライム>……いえ、<ハイブアント>が」
エイダリアは、戦闘能力のある個体が必要だと判断したのだろう。アリの数体が、ギクシャクした動きで反応する。手足が捥がれて頭が傾き、まともに戦えるものではない。
まったく問題ないと、アイルは薄く笑う。もう、戦闘などない。もう二度と、そんな機会はない。
「待ち侘びたぞ、愚王」
傍らで潰れかけた<スラッジ・スライム>の粘体を震わせて、アイルは自分の声を男に届ける。
滅びを前にした王国の、死を前にした王に。
「王国の終焉を見るのは、どんな気分だ?」
「貴様……は、Aクラス、ダンジョンの……」
まさか名前すらも記憶していなかったかと、アイルは自嘲の笑みを深くする。存在を把握していただけでも、満足するべきだろう。自分が誰に、なぜ、どのように殺されるかを、理解させるだけで良いのだから。
視覚を繋いでいる<ハイブアント>は、倒れたままの王に近付く。ひとの腰ほどしかない魔物だが、倒れたまま動けない者にとっては恐怖でしかない。半ば潰れて歪んだ身体から体液を垂れ流す魔物となれば尚のことだ。
「……待て、……我が玉座を、求めるのであれば……」
いまさら命乞いを始めた男を見て、アイルは笑い出す。
もう王城はない。王座も。王冠も。おそらくは他の王族も。何もかも、瓦礫の下だ。
「もう必要ない。この腐った国は」
王だった男は、悲鳴を上げながら恐怖に目を見開く。絶望とともに見る。目の前で振り上げられたアリの頭を。そこで開かれた大顎を。
「俺が終わらせる」
その言葉と同時に男の喉へと突き立てられ、ひと振りで首が引きちぎられる。
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