縛られるものと縛るもの
「ご主人、ちょっと良いかな」
最深部のコア前で機能制御端末に貼り付いていた俺のところに、アハーマがやってきた。彼女とラウネが常駐するのはだだっ広い草原の三階層。いまや二十五階層まで拡大したエルマール・ダンジョンは、延べ床面積はともかく最短ルートを選んでも二、三十キロはあるはずだが、彼女やラウネにとってはお散歩感覚で行き来できるらしい。
「わざわざ来なくても、ラウネを通じて声を掛けてくれたらいいのに」
首を傾げられた。ウチのブラザー&シスターズ同様、アハーマも移動が苦にならないというか、思い立ったら即座に行動するタイプなのだ。人外ランクというのは人間より魔物に近いという言葉の意味を俺はようやく理解し始めていた。
「疲れたりしないのか」
「ああ、わたしには【疾駆】というスキルがあってだな……いや、その話は後だ。少しばかり面倒な相手が訪れている」
「ああ、近衛の制服を着た男だろ。<ハーピー>の目で見た」
「王を売ろうと持ち掛けてきたので、ぶん殴っておいた」
「何の話だ」
王って、叙爵式で見た、あの偉そうな髭で偉そうな服を着た、偉そうなオッサンか。腹黒いサンタみたいな。売ろうが殺そうが知ったことではないが。
「それって、アハーマとしては許せないものなのか?」
「いや、まったく」
いきなり全否定かよ。そらそうか。当の本人も元は王国軍特務部隊の暗殺者だもんな。
「単に信用できないというだけだ。王都が領地軍に包囲されて陥落寸前という状況で、単身エルマールを訪れて“王亡き後の話をしたい”と言われて受け入れられるわけがない」
それはまあ、なんか面倒臭い罠かと思わんでもない。保身のために寝返るとしたら、近衛の制服では来ないだろうし。
「そいつ、なんの用?」
「ダンジョン・マスターとの交渉だと。本人は、法務宮からの使者と言っている」
たしか、貴族による行政機関。王国政治の実務を担う連中だ。ただ王宮ではなく法務宮から遣わされたというのが、具体的にどう違うのかはピンと来ない。胡散臭い相手から生臭い相手に変わった感じか。
とりあえず俺とマールはアハーマと一緒に三階層まで移動する。俺の個人レベルも上がったので【転移】という移動能力はあるのだけれども、まだ使い慣れない上に座標固定していない場所には飛べない。おまけに魔力消費が激しいのでダンジョン構築中のいまは浪費したくない。
「ご主人、着いたぞ」
「ありがと……」
なんとこのオッサン、華奢なお姉さんのアハーマにお姫様抱っこされるという赤面ものの羞恥プレイだった。緊急事態なのでしょうがないとはいえ、あまり他人に見せられない姿である。
マールは自分の足で移動してきた。アハーマの【疾駆】ほどではないけれども、数分遅れで追随してこれるのは凄い。ちなみに俺を抱えての高速移動は無理だと謝られた。謝られても困るが。
「その使者はどこに?」
「そこにいる」
三階層の中心に建てた、ラウネとアハーマのお家。見た目はメルヘンティックなちっこい砦といった感じの建物の前に転がされた近衛の男は、ラウネのツタで面白いくらいにわかりやすく簀巻きにされていた。
「ラウネ」
なぜか難しい顔で簀巻きな使者を見下ろしていた<アルラウネ>のお姉さんに声を掛ける。俺に気付いて笑みを浮かべたが、それでもなにか考え込むような表情は残っている。
「マスター」
「む⁉︎ ……んむー! む!」
転がされていた男が、その声に反応して俺を見た。何か必死にアピールしているが、ツタは口元も拘束して猿轡状態なので声にはならない。猿轡を外して喋らせてくれとラウネに訴えているようだが無視された。
「ラウネ、何を悩んでる?」
「王を売るのは、わかる。国を売るのも……なんとか、わかる。でも売る先が、なぜエルマール・ダンジョンなのかがわからない」
たしかに、それはそうだ。
生き延びられる方法。旨い汁を吸える相手。利用価値のある関係。利益を確保できる条件。国が傾き地位と安全が脅かされ始めた状況なら、そういったものを求めるのが順当だ。
ダンジョンには、それがない。まして新人ダンジョン爵のもとには、なにも。
「まあ、話したいなら聞いてみるか。そいつの口の拘束を外してもらえるかな」
「気を付けてください。そいつは、魔導師の素養があります」
「問題ないぞ、ラウネ。ご主人に危害を加えようとしたら、わたしがすぐ詠唱できないようにする」
全然、大丈夫じゃない。でもその言葉を聞いた近衛の男は首を振り、抵抗の意思がないと必死にアピールし始めた。結果オーライ。
猿轡を解かれた男は、不自由な姿勢のまま俺を見上げて声を上げた。
「お初にお目に掛かる。メイヘム殿。わたしは王国軍近衛部隊、カルミア兵士長」
「近衛の兵が、法務宮に寝返ったのか?」
「いや、最初から所属は法務宮だ。王家を監視するための密偵として、近衛に送り込まれた」
「……ずいぶん賑やかな経歴だな」
俺が言うと、カルミアは自嘲気味に笑った。
「すぐに信用してもらおうとは思わない。ただ、ひとつだけ信じて欲しい」
「信じる、何を?」
「王都が陥落した後、次に狙われるのはここだ」
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